私の生活、意見、日本語の練習

Archive for August, 2006

南北朝と室町政権

Posted by チャート・デイビッド on August 24th, 2006

今日、南北朝と室町政権という本を終えた。前から読んだ日本史のシリーズの一冊で、かなりいい入門になった。いつもの通り写真も綺麗だが、時々挿絵と本文は密接ではないような気がしていた。でも、やはりあのころの動乱のせい建物がわずか少ししか残っていないので、仕方がないだろう。
本文は、後醍醐天皇と足利尊氏の対立から足利義尚の死まで日本の状態を語って、文化も描く。北山文化と東山文化は、前に一応聞いたことがあったが、新しい如実は多かった。溶くに、世阿弥の阿弥は、一族の姓名ではなく、下級から発生した芸能人に与えた共通呼称だということが分かった。そして、御伽草子についての文章で、今まで全く知らなかった日本の文化に光を差してもらった。御伽草子の物語は面白そうなので、将来に読みたいと思う。
勿論、将軍や大名の功績も語られたが、あのころは悲劇だらけで、文化の文章のほうが楽しかった。自由都市の堺と博多の歴史も興味深い。機会があれば、もう少し深く探りたいなと思った。あの町の文化が現在日本の文化と似ていたのではないかと思った。
これで、シリーズの前半を読み終えた。これから、江戸時代に入る。楽しみにしている。

仕事の状況

Posted by チャート・デイビッド on August 23rd, 2006

暫く仕事について書いたことはないので、今日うまくいったので、書いても憂鬱にならないので、今の状況を描写したいと思う。
先週の末に、新しい執筆仕事が入った。いつもの通り、詳しく言えないが、よく契約を結ぶ会社だから、安心。今素材を待っているが、すぐに書き出すつもりだ。素材なしで書きだそうとしても、進歩できないといえまでもないだろう。そして、Ars Magicaの編集仕事もうまくいっているようだ。数日前に小さい危機になりそうだったが、溶いたので今心配することはないので、次の一歩を考えられる。
教える仕事も大丈夫なのようだ。生徒さんが後一人、二人ぐらいなら理想的だが、今週二人と面談するので、理想な状況になるだろう。授業がまだ楽しく出来るので、飽きないはずだ。
読書、すなわち仕事の基礎は、ちょっと足りないように感じているが、目標は無理かもしれない。もう少し現実的な計画を立てたほうがいいかなと思わざるを得ない。
要するに、いい状況だと思う。私自身が言っても。

北川景子さん、お誕生日おめでとう

Posted by チャート・デイビッド on August 22nd, 2006

今日、北川景子さんが二十歳になる。お誕生日おめでとうございます。
昨日超長い記事を書いたので、今日超短い記事にする。

入学基準

Posted by チャート・デイビッド on August 21st, 2006

私は、中高生の時代、私立学校に通った。その学校が大好きで、教育も良かったと思う。(そして、男子校だが、そのことについて今回書かない。)私立学校として、学費も入学試験もある。入学試験は難しいと言われているが、学費は特に高くはない。そして、最近募金して、奨学金を補給するために今頑張っている。なぜなら、入学試験を合格すれば、家族がいかに貧乏でも、男子が入学できるべきだと信じるからだ。入学基準として、家族の財力を拒むようだ。長い間、私もそう思ったが、最近ちょっと考え直した。だから、今の考えを説明したいと思う。
先ず、私も基準として家族の財力を認め兼ねる。豊富な家族で生まれた子供には利益は多いので、わざともう一つの利益を重ねれば不公平だといえるのではなかろうか。が、入学試験も同じだ。学力がある子供にはもう利益が多いので、わざともう一つの利益を重ねれば、これも不公平だとは言えないだろうか。だが、そう考えれば、いったいどういう基準に基づいて決めたらいいだろう。
理想的に考えれば、子供が皆最高の教育を受けるのとが望ましい。しかし、現実は理想的ではないので、本当の有り様に合わせて製作を定めたほうがいい。だから、例として、子供の10%にしか教育が与えられない状況を挙げよう。基本的な様相は10%にしかよりいい教育が与えられない状況などと共通だから、取り合えずこういうふうに考えてもいい。
最初に、同一の扱いを拒む。それは、そうすれば全体的な状況が前より悪くなるからだ。公平的にすることは大事なのだが、他の大事なこともある。例えば、数千年前からずっと公平的にしたとすれば、今も人間が洞に住むだろう。皆に農業などについて考える時間が与えられなかったので、公平にしたらまだ農業が発明されていない恐れがあるといえよう。
だから、一割に教育を与えることは決まっている。質問は、どの一割に与えたらいいかということだ。豊富な家族の子供に与えないほうがいいと思う。両親が豊富だからといって、第三者が子供に利益を与えるべきとはいえない。一方、両親が自分の子供に利益を与えたら、悪くはないだろう。(ちょっと前に同一という記事でその課題と取り組んだ。)だから、教育を売れても、罪はないと思う。ただ、今別な立場から考えている。具体的に、私は他の人の子供に教育を与えようとしたら、どうやって対象の子供を選んだらいいということだ。
さて、進もう。試験に基づいて選んだらどうだろう。一般の意見は、そういうふうに選んだらいいと言うまでもないぐらいに見える。確かに、学力がある子供はよりいい進歩するはずだ。しかし、なぜ利益に利益を積み重ねても問題はないという。一つの答えがある。本当に一割しかに教育が与えられなければ、社会に一番いい利益を与える子供を選んだほうがいい。個人的な立場から考えたら、どの子共に利益と与えても、同じだ。社会的に考えたら、才能がある子供に教養を与えたら、教育を貰わない子供も利益を間接的に受ける。だから、最初の私立学校が設立された時に、入学試験に基づいて選んだら良かったといえよう。
でも、今の状況は違う。だから、具体的な状況を訂正しよう。私は超金持で、無料な私立学校を設けたとしよう。(だったらいいなと思うが。)入学させる子供をどうやって選んだらいい。やはり、剤力はまだ関係ない。両親のお金は、私に必要はない。私はビル・ゲーツのように豊富だから、学力はどうだろう。
現在の日本では、公立学校もある。学校教育も悪くはない。最高とも言えないが、才能がある人が学校に入ったら、成長して社会に利益を与える可能性はかなり高いといってもいいのではないか。だから、社会の利益からの理由には力はないといえる。だから、単純に利益を積み重ねることになると思う。才能はない人にも教育が必要だ。個人的に、利益は少なくとも才能がある人の利益と等しい。学力の上よりいい教育の対象を選ぶことは許すべきはないだろう。
そうなら、どういうふうに選んだらいいだろう。住いによって選んだら、間もなく財力によって選ぶことになってしまう。なぜなら、両親が子供の学校のために住む場所を選ぶ例はおおいので、対象の地方の物件価値が高くなって、豊富な人しか住めなくなるからである。
申し込む順番の上に選んだら、暇がある両親に傾く。それも、豊富な人に傾くだろう。無職の人には暇があるが、頑張っている貧乏な人には暇はないといってもいいので、ちょっと違和感がある。
では、集中力ややる気の上に選んだらどうだろう。あいにく、これも才能の一種だから、学力と同じだ。頑張れる人も、遺伝子や環境から影響を受けて頑張れるようになったので、利益に利益を与えるのはいやだ。
抽選で選んだらどうだろう。ある立場から、一番公平な方法だが、なんとなく違和感がある。人の素質と全く関係ないので、人間を人間として扱わないような味がある。
何も残っていないのような気がしているだろう。だが、勉強と関係はない才能の上選んだらいいかもしれない。利益に利益を積み重ねるが、二つの利益は全く別だから、大丈夫といえるだろう。だれにも才能があるので、どういうふうに選んでも、こういう結果がある。ただ、勉強と関係ある利益なら、利益が益々強くなる。関係はなかったら、問題はない。
ただ、磨ける才能を選んだら、また財力がある家族に傾く。豊富な家族は準備や訓練ができるので、貧乏な家族より磨くはずだ。最近あまり磨けない才能はなんだろう。
例がある。背の高さを挙げよう。大変貧乏なら、背が低くなる。栄養が青春時代に足りないと、体が伸長しないからだ。が、現在の日本にはそういう問題はあまりないので、大丈夫だ。そして、目の良さ。手術ができるが、子供にできないようだから、豊富さとは関係はない。(残念ながら、私の目はかなりわるいので、この基準を拒もう。)最後の例として、美しさ。また、手術は出来るが、子供には受けられないので、財力と関係はない。勿論、背が高ければ高いほど頭がいいとはいえないし、目が良ければよいほど頭がいいともいえないし、美しければ美しいほど頭がいいとも言えないので、いいだろう。
確かに、これはちょっと非常識っぽい結論だが、目的はなるべき素晴らしい学者を出すことはない。そういう目標を持ったら、勿論入学試験の上に選んだほうがいい。一方、人間を自分なりになるべくいい人間にさせる目標なら、学力がない人にチャンスを与えたほうがいいのではないか。

バカな、私

Posted by チャート・デイビッド on August 20th, 2006

昨日書いたように、花火を見に行った時、下駄が痛くなった。だから、今日コンビニに行くために、また下駄を履いてしまった。
バカ。バカバカバカ。
また痛かった。ちゃんと予想すれば、分かったはずなのに、やってしまった。
明日下駄を履くつもりは一切ない。

花火

Posted by チャート・デイビッド on August 19th, 2006

今日多摩川花火大会だったので、ゆり子と一緒に見に行ってきた。大変楽しかった。ゆり子がウェブで海上など調べて、空いている場所への地図をプリントした。場所に着くためにちょっと長く歩かないといけないが、川の岸でだし、本当に余裕があるし、花火も綺麗に見えたので見付けてよかった。シートを草の上に敷いて、座りながら花火を見た。一時間ぐらいだったので、いっぱい楽しんだ。日本の花火大会は、イギリスの花火より程遠く長いし、花火技術も先端のようだ。笑顔、猫、魚の花火をイギリスで一回も見たことは無い。
そして、浴衣を着た。初めて外で浴衣で出る体験だったが、天気はぴったりだったので、気持ちがよかった。ただ、浴衣だけではなく、下駄も初めて履いた。駅から見る場所まで遠かったので、着いたら、紐の下の足が痛くなってしまった。やはり、もう少し練習しないと、下駄で遠く行けない。帰り道は結構辛かった。休憩するために、そばやさんに寄って夜ごはんを食べたが、まだ痛かった。練習するしかないなと思う。ゆり子が「下駄も素敵だよ」と言ってくれたので、完全に苦しかったとは言えない。
ところで、人はすごく多かった。電車に乗ろうとした時にもう花火大会以来一時間半が経ったが、駅はまだすごく混んでいた。直後の状況が想像できない。

お盆休み、その二

Posted by チャート・デイビッド on August 18th, 2006

では、休みの日記を続けよう。
ゆり子の両親の山の家は、本当に田舎にある。コンビニもない村に置いて、回りには山や棚田ばかりだ。景色は大変綺麗だし、気温も涼しかったので、快適だった。ただ、田舎の家として、中のトイレはない。ゆり子と一緒に回りの周辺を散歩したが、また行きたいと思う。
日曜日に、ゆり子の母親が畑の整理をしたがったので四人で馬篭と妻篭を見に行った。中山道の宿として面白かった。その上、雰囲気が全く違う。馬篭は、観光地という雰囲気が強かった。悪くは無いが、観光設備は多いし、建物が新しく見える。そこでラムネを飲んだりざるそばを食べたりしながら楽しんでいた。
そして、車で妻篭まで行った。実は、私は歩きたかったが、気温はちょっと高かったし、回りの人は歩きたくなかったようだったので、止めた。今度こそ歩く。
妻篭は、今も残っている江戸時代の雰囲気だった。古い建物が沢山あるし、観光客は少しだけ少なかったので、タイムスリップのような感じが時々湧いてきた。妻篭でアイスキャンディを食べた。いかに山の方の言っても、暑かった。博物館を見る余裕は無かったので、今度行ったら寄ってみたいと思う。と言っても、妻篭の郵便局に寄って、昔の切手や手紙を見た。日本の手紙は本当に洋風になったなと思ったが、昔の手紙が大変に見えたので文句を言わない。
妻篭から、温泉に向かった。ゆり子は温泉が大好きなので、入らないわけはなかった。勿論、普通の性別な温泉だったので、私は義父と義弟と一緒に男性の風呂に入った。それも、イギリスと大分違う経験だ。温泉そのものはイギリスにないが、妻の家族との裸の付き合いは、あり得ないといってもいいだろう。私は、温泉が大好きだとはいえないが、確かにリラックスすることができる。肌もつるつるになったし、お湯は暑かったので本当に寝たくなってしまった。
夜にゆり子の幼なじみが訪ねてきてくれたので一緒に晩ごはんを食べたり喋ったりした。
次の月曜日は、ゆり子の親戚に挨拶するために行った。つまり、お墓参りだった。確かに、先ずまだ生きている親戚と会って、ちょっと喋った。結婚式を参加してくれるので、前もって会えてよかったと思う。そこの家はゆり子の父の実家だから、あの立場からも興味深かった。戦争のころの状況も語ってもらったし、絹を作る仕事についても聞いた。
そして、本場のお墓参りに行った。初めてのお盆のお墓参りだったので、初心者の気持ちで皆を真似した。墓地の外見も雰囲気もイギリスと大分違うし、お墓参りの週間も違う。花の差すことは同じなのだが、それ以外共通点はほとんどない。が、イギリスで御先祖様を祭る習慣はないので、当り前といっても差異はないだろう。
墓地のとなりに河合神社という村社が置いている。お参りして、境内を見て、父に昔の雰囲気の説明をしてもらった。皇居の方向を表示する碑がまだ立っているので、戦争のころの遥祭の話しの聞かせてもらった。私が入った後ろの参道は最近作られたので、父の子供のころ表参道だけだったようだ。私とゆり子が表参道で下がったので、昔は大変だったのが分かった。参道には、424段がある。山の斜面は険しいので、石段も険しい。おずおずとゆっくり下がったが、無事に下に着いた。河合村の住民が毎日お参りしたら、すごく健やかになるはずだ。
火曜日は弟の仕事だったから、月曜日に五人で名古屋に帰った。途中でダムと世界一の大きい狛犬に寄った。狛犬は本当に大きかったが、神社は八王子神社だった。ちょっと驚いたが、由緒によると関東から移住した人に鎮座されたそうだから、納得できた。
火曜日に、 初ボーリングだった。ゆり子の家族が休みに一緒にボーリングやカラオケに行く習慣があるそうだから、それを踏襲してボーリングに行った。イギリスにはあまりないスポーツだから、私の初体験だった。といっても、ゆり子を勝った。やっと、大変下手糞ではないスポーツを見付けた。そして、結構楽しかった。今度も行ってもいい。ボーリングの後で、カラオケに行った。私はカラオケが大好きだから、楽しみにしたし、楽しんだ。(昔は、少年合唱で歌ったので、歌いのが好きだ。)
水曜日は川崎に帰る日だった。途中で、ヤマサに寄って、恩師に挨拶した。大変懐かしかった。ヤマサで18ヶ月勉強したので、一生残る想い出は多い。残念ながら、顔見知りの先生方が少なくなったが、知っている先生方や事務員とちょっと話しができたので、よかった。ヤマサは私の日本の故郷のような感じだから、お盆に訪ねたら相応しいだろう。
ここに帰って以来、仕事の穴埋めになってしまった。そう言えば、仕事に戻ったほうがいいと思う。