四千語弱
Posted by チャート・デイビッド on April 23rd, 2007今日四千語を書いて、プロジェクトの四分の三を突破した。金曜日までに書かないわけには行かないが、こういう風に進んだら、どんどん間に合いそうになる。
だが、昨日遅くまで書いたので、今日疲れてきた。だから、ここで止めて、ちょっと休む。明日また頑張らないと行けない。
今日四千語を書いて、プロジェクトの四分の三を突破した。金曜日までに書かないわけには行かないが、こういう風に進んだら、どんどん間に合いそうになる。
だが、昨日遅くまで書いたので、今日疲れてきた。だから、ここで止めて、ちょっと休む。明日また頑張らないと行けない。
ところで、三千語。
もう寝る。
白幡八幡大神で着帯式を執り行ってもらった。妊娠の五ヶ月目の戌の日に行われる儀式だから、今日になった。基本的に安産祈願の儀式だが、帯も大事な役目を担っている。ゆり子の御両親も一緒に参列してくれたので、昨日来て、先に名古屋に出かけた。
さて、着帯式のことだが、先ずなぜ戌の日に行われるかというと、犬が仔犬を何匹問題なく産むからだそうだ。だから、妊婦が犬のように簡易に産むように祈る儀式だ。帯のことは、日本の妊婦が巻く腹帯のことだ。五ヶ月目に妊婦のお腹が初めて目立つようになるので、支える腹帯が必要になる。だから、着帯式は初めて腹帯を着る儀式だというわけだ。
一週間前にゆり子が犬印という通信サイトで着帯式のお祝いセットを注文して、先日に届いた。神社の予約を、数週間前に入れた。だから今日のお昼が過ぎてスーツなどを着て神社に行った。儀式は、普通の正式参拝と似ている。拝殿で揃って、神職を待った。先ず、神職が太古を叩いた。そして、大ぬさの前でお祓い詞を唱えて、お祓いしてくれた。
それから、神職が神の前に進んで、祝詞を上奏した。祝詞は、安産やすくすく成長のお願だったが、他の内容もあった。例えば、今回気づいたことは、祝詞の序文で、「しらはたはちまんの大神」ではなく、「しらはたやはたの大神」だった。そして、「この前に結婚のことを報告して上げた人」ということも入った。ちょっと神様を思い出させるような感じだった。
祝詞のあとで、四人で台にあがって、座り参拝した。それから、また太古を叩いてから、終了になった。お神酒とおみけ頂いたし、安産のお守りと安産のお札も頂いた。お札はもう神棚に祭っているが、ゆり子はお守りを身に着けるつもりだそうだ 。お守りはかなり豪華なので、目立たないように付けると思う。
ちなみに、八幡宮で八幡さんはもちろん、普通に神宮皇后も玉依姫も祭っている。神宮皇后は、八幡さんになった応神天皇の母親で、長い間身ごもった伝説があるので、安産や子育ての神様として拝まれる。だから、八幡宮で安産の祈願もできるようだ。
さて、儀式が終わったら、神社の前で記念写真を撮ってもらって、お昼を食べに行った。帰り道で、近所のいわゆるつつじ寺に寄った。ツツジは綺麗だったし、堂のなかで新刻な不動明王の像があったが、まだ頭の回りに布が巻いてある。まだ働いていないからだと思うが、説明書によると、今月目が覚めるそうだ。
だから、今日は楽しかったが、まだ何も書いていない。これから仕事しないと駄目だと思う。
今日また三千語が書けた。やはり四千語に至らなかった。が、新しい生徒さんとの面会もできたし、ゆり子の御両親が訪ねてきたので、一緒にお寿司を食べに行った。そして、プロジェクトの半分ができた。プロジェクトが二つの部分に別けられたが、その一つはもう完成だ。大半ができたので、〆切に間に合うと信じられるようになった。
今日の進み具合はまあまあだった。三千語は、毎日書いたら〆切に間に合うが、それ以外授業しかできなかった。もちろん、今のプロジェクトが優先になるが、他の読書などもやりたい。この一週間、あまり読めなかった。
では、明日も授業があるので、合間を縫ってまた書こう。四千語を目指そうかな。
今日仕事が進んだ。昨日は、講座もあったし、授業は三時間だったし、翻訳の授業のための準備も必要だったので、千語未満しか書けなかった。だが、今日四千語以上書いたので、穴埋めはほとんどできた。明日も頑張るつもりだ。やはり今の〆切は厳しいな。
今日國學院大学での神道についての講座に行って来た。去年も同じシリーズの講座に行ったが、今年のテーマは神道と神社の歴史だ。時代の流れの通り神道のことを紹介してもらうようだ。講座のテキストは去年読んだ「わかりやすい神道の歴史」という本なのだから、復習の形になるかもしれない。といっても、全く覚えないこともたくさん入っているようだから、楽しみにする。
今日は初回だから、神道の起源がテーマになった。岡田先生によると、神道と呼べる宗教が稲作と一緒に始まったそうだ。要するに、2600年前に始まったとされる。そして、神社の存在が1800年前から始まったそうだ。神道の歴史をちょっとでも勉強したら分かることなのだが、もともと建物はなかったし、常設の神域さえなかったようだ。祭りの時に神様を誘ったり、祭りが終わったら見送ったりするかたちだったそうだ。神様はマレビトで、海の彼方からなど来た客様だったようだ。
ところで、私が海の彼方から参った。なんてね。
今も神殿のない神社が残っているそうだが、大神神社とか諏訪大社などの例は有名で、あまり知られていない例もあるそうだ。身体として自然のままの岩とか滝とか杉などを祀る神社があるそうだ。
そういえば、岡田先生によると、神道の歴史はあまり日本の高校で教えられていない理由は、歴史のなかで画期的な変化はないからだそうだ。すなわち、神道は不易だといえるからだそうだ。全く変わらないとは言えないが、仏教と比べたら今も古代も非常に似ているそうだ。神殿のない神社はその例として挙げられるかもしれない。
さて、最初の方に先生が興味深いことを言った。 それは、神道を言葉で分かるのは難しいから、自分一人の神道観を作り上げないといけないということだ。先生によると、神道は死んでからの世界と無関係で、今の生き方の心持ちなどと関係あるそうだ。だから、神職になろうとする人が自分の神道観は唯一の正しい考え方だと考えてはいけないと言われた。國學院大学で神職養成講座を教える人がそう言ったら、やはり参考になる。確かに「神道とは何か」のような入門的な本が以外に異なるし、神道には教典はないし、それに神社にはそれぞれの伝承や習慣があるので、私が自分で立てた意見と同じだが、はっきりにそう言われたら、ちょっと刺激的だと思う。
だから、この講座も本も祭りも材料として、私も私なりの神道観を作り上げる。