私の生活、意見、日本語の練習

Archive for May, 2007

仕事が進んだ

Posted by チャート・デイビッド on May 24th, 2007

今日教えたり、編集したり、執筆したりした。やはり負担したことはかなり多い。編集ができたら、ちょっと余裕があるような感じになると思う。だが、編集はまだ少なくとも二日間がかかると思う。今週出来るかもしれないが、決まっていない。
ところで、昨日の講義の後で、他の受ける人に話しかけられた。教室のなかに唯一の外国人だから、やはり目立つ。会話のなかで、「日本生まれですか」と聞かれた。日本語はまだそんなに上手ではないと思ったのに、そう聞かれると答え方が分からない。一応「いいえ」と言うけれども、なんと言ったらいいだろう。ある立場から見れば、良い質問だと思う。日本人の相手が考えたことは、日本人に見えなくても、日本生まれの可能性があるということだ。それは確かだし、日本がもう鎖国ではない事実を認める考え方だと思う。
ユデタマゴがハーフに見えると思うが、日本人になる。だから、ユデタマゴのためにそういう考えたが広がってほしいのだ。

神道を知る講座III〜第3回

Posted by チャート・デイビッド on May 23rd, 2007

今日は講座の日だったので、渋谷の國學院大学に行ってきた。今回のトピックは、平安時代の中央祭祀だった。私は基本的には平安時代に興味を持っているので、本当に楽しかった。
まず、いわゆる延喜式内社を紹介した。これは、平安時代の半ばぐらいに編纂された延喜式という書物に入っている神社だそうだ。今「式内社」と誇る神社は少なくないようだが、その理由は二つあるそうだ。一つは、かなり古い神社の証拠だということだ。少なくとも千年続いてきたはずだし。もう一つは、千年前に皇室と係わって、結構有力な神社だったという証拠にもなるからだそうだ。ところを数えたら、2861にのぼるそうだから、全国にあるそうだ。
本来、式内社からの神職が毎年の春に都に上がって、政府から供え物をもらって、帰って、祭を行う形だったようだ。近畿の社なら、別に問題はなかったが、東北はもちろん、九州や関東の社もかなり辛かったようだから、地方の神社が国司からもらうことになった。それは、神社の格差社会の場面の一つだった。
さらに式内社の間から300前後の神社が名神(みょうじん)として選ばれたそうだ。皇室の祭はこの有力神社を焦点にしたという。時間が経つと、さらに二十二社制が生まれたそうだ。それは、京都の周りの二十二の神社を皇室の信仰の中心となった制度だそうだ。伊勢神宮はもちろん、賀茂別雷神社と賀茂御祖神社、石清水八幡宮、大神神社などの神社が入っていた。さらに少なくなるのは、勅祭社(ちょくさいしゃ)というところだ。これは、天皇自身が祭に係わるところだった。伊勢神宮は別格として、春日大社、賀茂別雷神社と賀茂御祖神社、石清水八幡宮の三つだった。
そして、平安時代初期には、神様に位を与える制度、いわゆる神階制が始まったと言われる。人間の冠位制のように設けられたので、天照大神には位はなかったそうだ。(同じく、天皇には位はなかった。)正一位から下がったが、八幡様が正一位の上の一品という位に付けられたそうで、900年代までに殆どの神様が正一位になったようだから、神階制があまり現実的ではなくなったようだ。
さて、公祭の制度も語られたが、天皇の外戚の氏神様を祭るための制度だそうだ。それ以外、都の守護神とか、疫病を防ぐ神様などが対象になったようだ。面白いのは、賀茂社を始め、四箇所でいわゆる臨時際が恒例になったことだ。恒例になっても、まだ「臨時際」と言われたから、毎年特定された日に執り行われた祭がまだ「臨時」と言われたしょうだ。
一の宮制度の起源にも触れたが、もう一つの興味深い逸話があった。孝明天皇まで、天照大神を除いて、天皇が直接神様にお参りしなかったそうだ。神社まで幸行しても、神社の入口で仮説な殿に入って、配電まで直視を派遣したそうだ。なぜ天皇が神様との直接な関係を避けたかというと、明らかではないようだが、祟られないようになのではないかと、教授が言った。
今週本当に興味深かった。次回を楽しみにする。

働いてしまった

Posted by チャート・デイビッド on May 22nd, 2007

もう23時35分になったが、仕事を終えたばかりなのだ。やはり今やらないといけないことは多い。3300語を書いたり、編集したり、メールをしたり、教えたりした。メールは、3時間ぐらいがかかったので、執筆や編集に残る時間は少なかった。だからこのぐらい遅くなった。明日授業などは多いので、どのぐらい執筆できるかは疑わしい。では、好きな仕事をしながら、頑張る。

遊んでしまった

Posted by チャート・デイビッド on May 21st, 2007

今日は私の休みだったので、パソコンのゲームをした。それは珍しい。あまりしない理由は、夜12時になってしまったことだ。ゲームをしたら、よくあることだ。参ったな。

あさきゆめみし1

Posted by チャート・デイビッド on May 20th, 2007

あさきゆめみしというのは、いろはの最後の句だそうだし、それに源氏物語の漫画版だ。今漫画の源氏物語を読んでいる。ゆり子が数年前に読んで大好きだったと言う、私も英語で源氏物語を三回読んだことがあるので、日本語で、漫画で読んだら楽しいなと思った。
やはり、楽しい。絵も綺麗だし、日本語は現代語になって物語を甦るような感じだ。ストーリーも面白いのはいうまでもないだろう。
英語で読んだ時にも思ったが、光る源氏はありえないよね。誰の女性にも憧れている男性はいないと思うし、平安時代の習慣が如何に違っても即座に一緒に寝ることになるわけはない。姫様でも、皇后でも、子供でも、皆憧れる。紫式部の夢の男なのではないか。
六条の御息所の話しが始まったが、序文から彼女が20代後半だということが分かった。えっと思った。英語で読んだら、40代だと思い込んだ。いつもおばさん扱いだから。やはり平安時代の基準の現代の基準が違うな。そして、六条の御息所の話しを見たら、多妻制度が悪いと思う理由がもう一度はっきりになった。そういう恋愛関係を二人以上と結んだら、何をしても少なくとも愛しい人一人に傷を与える状況に入ってしまうからだ。それが避けたいのだ。
三人以上がお互いに恋愛関係が結びたかったら、そういう問題にならないかもしれない。三人以上の家族はいいから、ありえなくはない。ただ、そういう関係が結びたい二人を組み合わせるのはかなり難しいので、現実化できる場合は少ないだろう。それはともかく、光る源氏のように妻や恋人と相談せずに新しい恋愛関係を結ぶのは、悲劇を誘うと思う。

またこの時間か

Posted by チャート・デイビッド on May 19th, 2007

今日の授業が3時間半にのぼったが、うまくいったようだ。そして、もう少し書いた。少しというのは、本当のことなのだが一部分ができた。明日と月曜日を完全休まないほうがいいような気がする。編集の仕事も進んだし、プロジェクトの為の読書もできたので、今日は悪くなかった。だが、今しないといけない用事が多く見える。今のプロジェクトを受け取った時に、「三週間後、自分を呪うはずだ」と言った。間違えた。もうそういう状況になってしまった。
よし、頑張るしかない。

また10時過ぎた

Posted by チャート・デイビッド on May 18th, 2007

今日いよいよ書き始められたが、書いた言葉はわずか350語しかない。明日たくさん書かないと、問題になりそうかもしれない。では、明日も頑張ろう。
もう少し長い記事が書きたいのだが、時間はない。