私の生活、意見、日本語の練習

Archive for June, 2007

ファンとセレブ

Posted by チャート・デイビッド on June 30th, 2007

まだこのことについて考えている。北川さんの英語圏のファンの掲示板でちょっと論争になったし、私の仕事と密接だからだろう。
さて、なぜファンがそいう権利を持っていると思い込むようになるかというと、ファンとセレブの間の関係を勘違いするからだと思う。訴える権利と義務を考えたら、友達同士だったら、本当にそういう義務などがある。友達がブログを読んでくれたら、止めることにする場合説明するべきなのではないか。ただ、友達に説明するべきだ。他の無関係の人に対して説明する義務はないと思う。同じく、友達のために何かを作ったら、計画を大きく帰ることになると、説明して、説得するべきだろう。だが、無関係の人にたいして義務はない。
だが、ファンはセレブの友達ではない。(勿論、例外があるが、一般にそうだ。)私のブログも、規模がちがっても、同じだ。友達も読んでくれるが、無関係の人も読んでくれる。(皆様、ありがとう。)そして、読んだら様々な情報を手に入れる。私の仕事の過程とか、ユデタマゴの成長とか、哲学の意見など分かってくるはずだ。人についてそういうことが分かったら、友達だと感じるようになる。普通に友達だとの証拠だからだ。しかし、ブログを作った人とかセレブなどなら、友達ではなくてもたくさん分かってくる場合もある。
そして、ファンであったら、セレブを大切にする気持ちを持っている。それは「ファン」の資格だろう。よくわかって大切にする人は、友達なのではないか。あいにく、違う。友達というのは、お互いに分かって大切にする関係だ。セレブではない人なら、そういう一方的な関係はあまりない。片想いぐらいだろう。片想いを飼う人は、よく憧れの人に義務があると思い込むのは周知の通りだが、セレブも同じだろう。気持ちがもう少し弱いが、無関係の証拠も少ない。なぜなら、セレブが友情を示すように頑張るからだ。イベントで出会ったら、笑顔で挨拶してもらうのは普段だ。ブログで感謝のメッセージもある。一般人だったら、知らない人に対してそういうことしないので、情報が少なくなって、すぐ「実は、友達にならなかったな」とわかってくる。
つまり、ファンが幻想を抱いてしまうと思う。そういう思い込みの上、セレブには義務があると信じてしまう。だから、セレブが友達扱いから外れるとファンが怒ってしまう。だが、誤解だ。そういう関係はない。はっきり聞いたら、殆どのファンがそう認めるが、気持ちが変わらないだろう。ファンとセレブの間の距離が分かってほしい。
ところで、今日本の訂正ができた。嬉しい!

ファンの権利

Posted by チャート・デイビッド on June 29th, 2007

二週間前北川景子さんがブログを終了した。早速、掲示板でファンが文句を言い出した。
「なんで説明は書いていないのか。説明するべきだよ。」
「本当????死ぬよ。」
「お金のために動いているので、もう応援しない。」
「裏切られたよ、私たち。止めるべきはない。」
確かに、がっかりするのは当然だ。ブログは面白かったので、読めなくなると残念に思う。しかし、「死ぬ」というのは、多げさだよね。さらに、「説明するべきだ」?「裏切られた」?どういう考えの上で書かれただろう。ブログは、北川さんが無料で読ませてくれたもので、続ける義務は一切無かった。止めることにしたら、説明する義務もない。ファンにはそういう権利はないと思う。
と言っても、そう思うファンは多いようだ。私の業界でも、ゲームを変更したら「裏切られた」と訴えるファンが出てくる。旧バーションはまだ存在するので、何を失ったかも分からないが、強く文句言う人は多い。テレビ番組のファンも同じなのようだ。キャストが変わると、「楽しさがなくなった」など言う。ファンになると、権利を持つように感じる人は多いようだ。
だが、どうしてだろう。本を買ったら、それとも映画を見たら、私の権利は一つしかないと思う。作品は楽しくなければ、またあの作家の作品にお金出さない権利だ。作家や芸能人のキャリアを左右する権利はない。説明をもらう権利もない。だから、ブログが無くなったのきっかけに北川さんを捨て去っても構わないが、裏切られたように感じるのは良くない。ファンとして、そういう資格はない。
ちなみに、「お金のために働いているので、応援しない」という意見は珍しくない。日本は同じかどうか分からないが、欧米で頻繁に出る批判だ。馬鹿の窮まりだろう。他の仕事を勤める人が給料を期待するはずだから、芸能人や作家はなぜ異ならなければならないのか。そして、どうやって食べたらいいのか。
作品の品質の上で芸能人などを批判してもいいが、普通に見る批判は認められない。

進んだら、晴れる

Posted by チャート・デイビッド on June 28th, 2007

昨日と今日仕事が順調に進んだ。今日、予想の通りに何も書けなかったが、授業の合間を縫って読書ができた。明日も明後日も書く余裕があるようだから、プロジェクトができると思う。そして、昨日の執筆でちょっとプロジェクトの流れに乗って、楽しんだ。
要するに数日間前の仕事に対しての不満が殆ど蒸着した。まだ哲学と挑戦したいなと思うが、やはりRPGの執筆もいい。そして、授業の仕事はやっと予定通りになった。今まで毎週の収入が水準を微妙に下回ったが、今の状況で当てるように見える。フリーの先生の収入は不安定だ。なぜなら、生徒が病気になったり、仕事が忙しくなったりしたら、キャンセルするので給与をもらわないからだ。やっと平均収入が希望の通りになるための人数を集めたようだ。(確かにユデタマゴが産まれたら、教える状況が崩れる可能性があるが、それはそのときに整理する。)
つまり、今の状況はいいと思う。ちょっと辛い時期があるが、それは当り前だ。現世に生きたら、ずっと楽しく生きるわけはない。私の辛さは本当に些細だし、滅多にないので、仕事の有り様をこのままにしたいと思う。ただ、収入がもう少し上がったら嬉しいな。

ちょっと進んだ

Posted by チャート・デイビッド on June 27th, 2007

今日プロジェクトの訂正と取り組んだ。もう少し進んだので、心配はない。ただ、明日授業は多いので、書けるかどうか分からない。書けないと思うので、金曜日と土曜日に頑張るしかない。
今書く話題が思い浮かばないので、短いブログにしてしまう。

かみちゅ!2

Posted by チャート・デイビッド on June 26th, 2007

また漫画を読んでしまった。かみちゅ!二巻を読んだが、これは最終巻だろう。漫画のはずみは、中学生が神様になることだ。そして、神社の経営を支える同級生の女の子や町の人が神様を使って様々な計画を立てる。神話も入ってくる。例えば、一つの話に一ヶ月転校になる。なぜなら、神無月になったので、神様として出雲にいかないわけにはいかないからだ。
神道の勉強にあまり役に立たないのは言うまでもないだろうが、なんとなく神道っぽく感じる。神様の起源は不明で、現世のことと密接な関係をもって行く。例えば、弁財天がロックスターになって、七福神をバンドにしたことなどある。神様は身近でも、ちょっと恐ろしい存在の感じが溢れる。単純なコメディだとは言えないが、コメディの素質は強いので、貧乏神が猫に憑いてペットになって、「貧ちゃん」の名前を付けられたのようなことは多い。
とにかく、深い意味をもっていないと思うが、面白かった。たまにただの楽しい本を読んだらいいと思う。

産婦人科〜励まし言葉より

Posted by チャート・デイビッド on June 25th, 2007

今朝産婦人科に行ってきた。九時からの予約だったので、早起きはちょっと辛かったが、あまり待たなかった。ユデタマゴが順調に成長しているようだから、安心した。もう1200グラムになったようだが、まだこの倍になるはずだ。3D超音波写真ができなかった。なぜなら、ユデタマゴが前回と同じく足と腕で顔を隠したからだ。生まれてからもカメラが嫌いかな。そして、もう逆子ではんくなったようだ。やはり、声をかけて「頭は下だよ」と言ったことが効いたようだ。これは、生まれたユデタマゴは素直な子になる証拠だと言いたいのだが、無関係だよね。
そして、先生が「お産は、普通にできることではなく、命にかける危機だよ。人生には二つの大危機がある。一つは、生まれる時。もう一つは、生む時。」と言った。まぁ、確かにそれはそうなのだが、はっきり言わなくてもいいだろう。数百年前の統計を見たら、初めての出産で死んだ女性は四分の一ぐらいに至ったようだから、本当に危なかった。最近の医療技術の進歩と一緒に危うさが減ったが、まだ気を付けたほうがいい。結局、先生がゆり子に体力を付けるように命じた。散歩などの運動をしたほうがいいようだから、私も一緒にすると思う。ユデタマゴが無事に生まれるように。

パイレッツオブカリビアン・ワルドエンド

Posted by チャート・デイビッド on June 24th, 2007

今日ゆり子と一緒にパイレッツを見るために川崎に行ってきた。確かに川崎市に住んでいるが、川崎駅と川崎の中心までは、渋谷までと同じ距離だ。渋谷に行くのに慣れているが、川崎も悪くないなと思った。映画館も広くて、駅の隣にあったので便利だったし、いわゆる「エックゼクチーブシーツ」もあった。だが、映画を見たら、椅子が快適なら、特に広くなくてもいいと思う。映画に夢中になるはずだからだ。
さて、映画のこと。楽しかった。アクションも良かったし、セリフも面白かった。そういう映画が好きなら、お勧めだ。だが、完璧ではなかったと思う。複雑すぎた。分かりにくいというより、キャラクターやアイディアをちゃんと繰り広げる余裕はなかったような気がした。短い映画ではないが、時間が足りなかったと思った。焦点は必要だと思うが、焦点が多すぎたと言えるだろう。