サーバの統計によると、毎日このブログのトップページを読む人が40人に登るそうだ。フィードを使って直接に記事に行く人もいるようだ。毎日義務のように読む人もいるかもしれないが、皆がそうするはずはない。一回読んで、つまらないなと思って止める人もいるはずだが、読み続ける人は50人と推測したら目安としていいだろう。
謎は、なぜだ。日本語はまだ不自由だから、書きたいことをうまく伝えられない。英語のブログで書けるかもしれないが、倫理の基礎についてここで書けない。辛うじて書いても、伝えるかどうかわからない。日本についての意見も、正しく伝わるかどうか分からない。私が書く理由は、基本的に日本語の練習の為だ。毎日日本語を書いたら、どんどん書けるようになるからだ。ちなみに効いたようだが、まだ英語のように自由ではない。英語で、考えたら考えたことが画面に現れる。日本語で、まだ「どうやって言えるだろう」と考えないとできない。(それを直す為に毎日日本語を読む。どんどん日本語の言い方に慣れて行くと思うが、まだまだだ。)
だから、こういう片言の記事ばかりなのだから、何故人が読んでいる。妹は、日本語を練習するために読んでいるそうだが、それは、なんと言う、知恵の極めではないのである。こういう日本語を真似してしまったら、日本で笑われるからだ。実は、私の日本語は不自然で、日本人の考え方ではないと言われたことがあるが、それは構わない。私の考え方は、日本人の考え方ではないからだ。当然であろう。このイギリス人の考え方をちゃんと日本語で伝えられるようになるように頑張っている。
人が読んでくれるのは嬉しいが、理由が分からない。そして、多くの人に読んで欲しいかどうかというのは、微妙だ。ブログには自己宣伝の素質が強いし、私は作家で世間の視線によって繁栄と貧困が決まっているが、英語で本を書くので、日本語が読める人がブログに魅せられてくれても、本を買うわけはない。日本人に自己宣伝しても、意味はないだろう。だから、関心を集めても集めなくても構わない。
さて、止むつもりはないから、無意味な悩みだ。自分のために書いて、人が読んでもいいこと書く。ブログを楽しんでくれている人、ありがとうございます。
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またまた書き込みします ハルエです
”我子”へのコメントはどうも受け付けてもらえなかったみたいです
どうしてでしょう?
これもダメもとで書き込みします
私はチャートさんと一緒で異国に暮らす者ですが
(チャートさんのようにセカンドランゲージに長けていませんし、学歴もキャリアも無いおばちゃんですが)
セカンドランゲージを喋って暮らして行くうちに感じた事・・・
言葉だけではないですよね~
やっぱり、文化の違いと言うものにぶち当たってしまいます
例えば、笑い
笑うツボが全然違うんですよね~
映画館などでみんなが笑っていない所で私一人で笑ってしまって恥ずかしかった事もあります
英語で日本語的、反省、後悔と言った事を言おうと思うとピッタリな言葉が見つからない(私の語学力が低いせいもあるが)
やはり、文化を学ばなければ生きた語学にはならないんだと感じる今日この頃です
Harue Machadoによって 2007-09-14に書き込まれた。