私の生活、意見、日本語の練習

Archive for October, 2007

仕事に戻る

Posted by チャート・デイビッド on October 31st, 2007

今日は仕事の日になった。実は昨日授業があったが、今日は一日中仕事だった。本を読んだり、翻訳を訂正したり、そして英語の日本日記を書いたりした。確かに日本日記は仕事ではないが、必要になったので、できてよかった。明日授業は多いので、何ができるか分からない。

本物の笑顔

Posted by チャート・デイビッド on October 30th, 2007

今夜真由喜が本当に笑ってくれたと思う。ゆり子もそう思う。なぜなら、三つの証拠があるからだ。一つは、ぐずったり泣いたりしたが、私たちが現れたとたん泣き止んで、笑顔を示した。もう一つは、うんちしなかった。だから、うんちの笑顔ではなかった。最後に、私たちの行動に応じて笑ったことだ。成長しているね。

見送り

Posted by チャート・デイビッド on October 30th, 2007

今日訪ねてきた家族が帰国した。私が見送った。母たちが午前11時に成田を出発したので、午前4時に起きるのは必要だった。そして、成田から戻って、父たちを成田エクスプレスまで見送った。帰ったら怠ったメールなどを整理した。眠いが、今夜授業がある。仕事がもう始まった。

NOVA

Posted by チャート・デイビッド on October 29th, 2007

金曜日にNOVAが営業破綻になってしまった。ご存知の通りだが、私も英語を教えている。最初からNOVAなどで教えない方針を固めたが、この問題を見たら共感するのは教師だ。確かに授業料を前払いした生徒はちょっと可哀想だし、賃金未払いの日本人も大変だが、外国人の教師の状況は一番厳しいと思う。
なぜなら、犯罪を犯すか、死ぬかというジレンマに陥る恐れがあるからだ。先ず賃金は一、二ヶ月未払いだそうだから、貯金をもう使ってしまった可能性は高い。少なくとも、使われても無理はない。だから、生活費をどうしようかという問題になる。帰国するためのお金もない。生活費を賄うために仕事するのは当たり前だろう。だが、外国人の教師にとっては、それは犯罪だ。
在日資格には仕事の分野の限定がある。英会話教師のための資格は、普通にいわゆる「人文知識・国際業務」ビザだ。外国語を教えたり、翻訳したり、通訳したりするなどの分野だが、制限はちょっと曖昧だ。だが、日本語ができない教師は多い。一年間日本で英語を教える計画だったので、日本語を勉強した人もいるが、まだまだの人は多い。だから、ビザの範囲に入る仕事の中で、英語を教える仕事しかできない場合は多い。だが、最大手の英会話学校が破綻になったので、すぐに英会話の教室に雇ってもらうわけはない。日本人なら、しばらくの間コンビニや飲食店でバイトをする場合なのかもしれないが、外国人にはそれは犯罪だ。
これは危機だから、日本政府が助けるべきだと思う。お金がかからない救う方法もある。それは、ビザをこれから一年先まで延長して、そしてビザの資格以外の仕事をするための許可を与えることだ。
延長は、もうすぐビザの締め切りが迫っている人に解決する余裕を与えるためだ。一週間以内こういう問題を解決するのは無理だと言っても、一年間以内簡単にできる場合は多い。
別な仕事の許可は、学生ビザを持っている人にはよく与えられる。申請したらもらうほど簡単だ。基本的には、軽いバイトができるためだ。学生なら、一週間には20時間以下の制限があるが、この場合それは必要はない。そして、風俗などの仕事はきんじられているが、それは別に問題はない。だから、こういう許可をもらう人は多いので、NOVAの教師に与えても入国管理に損を与えないと思う。
この二つの方針を実施したら、教師にはまだ大変な問題があるが、解決する道しるべがある。お金は、ちょっとだけの事務費しかかからないし。だから、政府がこういう風にしたらいいと思う。

初宮参り

Posted by チャート・デイビッド on October 28th, 2007

昨日書いた通り、真由喜の初宮参りを執り行ってもらった。家族で本当に楽しい一日を過ごした。確かに台風が来てしまったが、大変な問題にならなかった。
さて、初宮参りは昨日の最初のイベントだった。アメリカやイギリスや名古屋から来てくれた家族が私たちのマンションで十時半に集まって、歩いて神社に行った。雨はもうひどかったので、ちょっと濡れてきてしまった。だが、風は特に強くはなかったので、真由喜を守りきれた。そうだと思うが、実はずっと眠っていた。
初宮参りの神社は、近所の氏神様の白幡八幡大神だった。縁があるようになったし、神社の人を友達と言えるぐらいだし、それに伝統的に初宮参りは氏神様でするのが定められているので、決めるのは難しくなかった。習慣によると、産後33日にするべきだそうだが、家族が皆参加できるために数ヶ月前に日付を決めなければならなかったので、50日目ごろになった。だが、日にこだわらなくてもいいと言われるので、大丈夫だと思う。
神社に着いたら、別の人の初宮参りが行われていた。だから、控え室に案内してもらって、準備した。準備というのは、真由喜を抱っこ紐からだして、私の母に渡すことだった。伝統によると、赤ちゃんを初宮参りで抱くのは、お父さんのお母さんだそうだ。母は喜んでそうしてくれようとしたので、伝統に従った。そして、奇麗な着物を真由喜の上に載せた。その着物は、ゆり子の上司から借りたもので、大変麗しかった。付ける縁起物もあったし。
準備ができたら、社殿に進んだ。神主さんが太鼓を叩いて、式の始まりを発表した。私の家族には祖父祖母三組があるので、大人が十人いた。残念ながら、妹が一番前の列に座れなかったので後ろに座ってくれた。
初宮参りの形は、基本的には何の正式参拝と同じだ。先ず、神主さんが祓え詞を唱えて、大麻を振って社殿も私たちも清浄した。そして、神様の前に進歩して、正座で祝詞を奏上した。祝詞の内容がいつもと違って初宮参りのことだった。先ず、私とゆり子の名前と住所、そして真由喜の名前を言って、健やかに成長するように、神様や家に逆らわないように祈った。健やかに成長することは、私も望むが、ずっと素直にしてくれるはずはないと思う。
そして、玉串を奉った。最初は私とゆり子だったが、母とレイ、父とジョイ、お母さんとお父さん、シルバー、浩二君が順番に奉った。神主さんは英語ができないので、私が呼びかけたので、順番も私が決めたことだった。私の側から、そして祖父祖母が叔父叔母の前に奉ることにした。正しいかどうか分からない。
お下がりをもらって、式が終わった。そして、拝殿の中でちょっと写真を撮った。神主さんにも集合写真を撮ってもらったりしたので、写真はたくさんある。そして、控え室に戻って、ますます写真を撮った。神社の中庭は素敵だから、それをバックにした写真は多かった。
式の間に雨がよりひどくなってしまったので、タクシーを呼んでレストランに移動した。レストランで個室のような所で座ったが、真由喜は大変いい子だった。ゆり子が一回レストランの授乳室に行って授乳したが、それ以外真由喜が静かにしてくれた。
食べてからいったんマンションに戻ったが、すぐにスタジオアリスという写真屋さんに行った。七五三のシーズンで、写真を撮ってもらう人がたくさんいた。だが、真由喜がまたいい子にして、ほぼ泣かなかった。そして、写真の時に泣かずにいい表情してくれたので、早めに撮影が済んだ。それから、モニターで使う写真を選んで、商品を作った。まだ出来上がっていないが、来月中旬にもらえるようだ。集合写真もあるし、家族の三人の写真もあるし、真由喜のアップの三枚もあるので、楽しみだ。
そして、台風のせいでタクシーが取れなかったのでバスと電車で溝口に戻って、和風の晩ご飯を一緒に食べた。また個室のようだったが、また真由喜がいい子にした。実は、昨日真由喜がずっといいこにした。私とゆり子がいよいよ帰ろうとしたときにちょっとぐずったが、それも特にうるさくなかった。
帰ったら、たてすのことを気づいた。台風の暴風で倒れて、物干竿にぶつかって壊した。そして、竿やたてすの部品はバルコニーから落ちかけていた。だが、幸い大きな被害はなかったので、一応直した。今度渋谷にいったら、ハンズによって必要な道具を買うと思う。そして、ちゃんと直すつもりだ。
では、台風があったのに思い出深い一日だった。楽しくて親しく過ごした。そして、父が数百枚も写真を撮ってくれたので、記録もちゃんとある。いい日だった。

初宮参り

Posted by チャート・デイビッド on October 27th, 2007

今日は真由喜の初宮参りだった。楽しかったが、もう遅くなったので、明日詳しく書かせていただく。

Posted by チャート・デイビッド on October 26th, 2007

雨がよく降るね。(首都圏で)今日も親戚が真由喜に会うためにここに来たが、一緒にお昼も食べたので、楽しかった。だが、私は、ちょっと仕事しないと行けないので、これからまた仕事に集中すると思う。ブログはつまらないね。ごめんなさい。