私の生活、意見、日本語の練習

Archive for May, 2008

近世の形成

Posted by チャート・デイビッド on May 24th, 2008

日本史講座の第5巻を読んだ。いわゆる戦国時代と織豊時代をカバーする本だが、あのころの社会的な変転は著しかったのはよく感じた。(ところで、織豊の省略の読み方はなんだろう。辞書に入っていないが、オトヨかショクホウかそれ以外の特別な読み方かわからない。)戦争はおろか、ヨーロッパとの初接触、秩序の形成、生産の改革、宗教の変貌も同時に伴ったようだ。よく考えたらこれは驚くべきではないだろう。社会が変化すれば、あらゆる面で変化が可能になるだろう。関わっていた変化も少なくなかったようだし。
こういう時代について読めば、長く続けてきた慣習が余儀なく変化されたことは顕著だ。変化を妨げようとした人を今から見れば、知恵が欠いていたように見えるだろう。時代の流れを理解しなくて、影響力などをすぐに失った人は多かったようだ。確かに人の立場によってそれは異なる。例えば、毛利氏から見たら、信長や秀吉の台頭を防ぐのは可能だったろう。しかし一般の町民か(といっても、町民そのものは近世の存在だったと言えるようだが)、寺院か、下級大名かさえ時代の流れに背くのは無駄だった。
それを現代に比喩すれば、適切な態度は何だろうと思ってくる。何も挑戦しないと、日本の近世の初頭のように厳しい階級社会が生まれる可能性もあるし、最悪戦国時代に陥る可能性もあるので、ただ時代の流れをそのまま受け取るべきわけはない。といっても、現代の著しい技術の進歩や変化のなかで、昔のままを讃える意味はない。変化が来るのは確かだが、どういう変化になるかに、まだ一般人にでも影響が与えられるだろう。
戦国時代の最後に、結局武士が指導力を握ってきたが、地方の一揆がちょっと異なる道を歩んだら、より平等で民主的な社会が生まれただろう。今日の社会の行方をちゃんと考えたほうがいいのではないかと私が思う。
さて、これからしばらくの間このシリーズを休むことにした。もう少し日常生活と関わる本を読むことにしたが、神道の読書を止めたくないので、これから数ヶ月歴史の本を置く。近世の初頭で日本史を切るのは適切なのではないか。

税金の用紙

Posted by チャート・デイビッド on May 23rd, 2008

昨日税務署からのお知らせが届いた。確定申告には誤りはないかという内容で、出産の時に補填金をもらったかどうか確認するためだった。
出産のため、川崎市からお金をもらった。それは補填金だったそうだが、私が別な項に記入した。出産一時金というお金をなぜ一時所得の項に記入したのか推測できる人がいるだろうか。日本の行政用紙には説明が欠く場合は多いような気がする。弁護士や税理士ではない限り、税金が正しくできるのは運の次第なのようだ。説明に当てはめる収入しかなかったら、問題にならないが、はみ出たら用紙にはそういう指示はないので、誤っているのが分からない。
私には別に問題にならないようだ。自主的な訂正になるし、収入を確定申告に書いてあったのでただ適応する増税になるので、税金には予想できなかった請求があるための貯金を使った補完できると思う。だが、広く考えたら日本の政府に損になる。税務署の公務員が誤りに気づかないなら、納める税金の金額が減るからだ。基本的に素直に税金を納めようとする人のために容易にするのは政府の常識だ。そうすれば、正直の人からちゃんと税金をもらうし、脱税しようとする人には「単純のミスだった」というのは難しくなる。行政用紙は、知的障害者になりそうな人にも記入されなければならないので、大変簡単にするのは必要だと私が強調したいのである。

アマゾンの発想予測

Posted by チャート・デイビッド on May 22nd, 2008

週末にアマゾンで本を注文した。読書の計画があるので、計画が乱れないようにちょっと前に注文するのは普通だが、今回見たら、今週注文しないつもりだった本の発想予測は、3週間〜5週間だった。そうならば、計画に合うために当時に注文するのは必要だったので、注文した。一冊が昨日届いたし、もう一冊は今日届くようだ。5週間どころか、5日間になった。まぁ、本は腐らないので、置いておいてもいいが、今週の予算がちょっと乱されてしまった。今週の予算に一冊が入ることを予測したので、3倍の出費はちょっと難しい。
といっても、大変は問題にならないし、早く届くは遅く届くよりましだから、ちょっと文句を言いたかっただけだ。

神道を知る講座IV〜第三回

Posted by チャート・デイビッド on May 21st, 2008

今日は国学院での講座だったが、今日のテーマは伊勢神道の前期だった。教授は中西先生だったが、一昨年も授業を行った先生なのような気がする。さて、講座の内容を紹介しよう。
伊勢神道というのは、鎌倉時代に始まった神道の種類だが、名前から分かるように伊勢の神宮と深く関わっている。だが、皇大神宮の内宮ではなく、外宮の神職の度会しによって提唱されたそうだし、別名は度会神道だ。始祖は、1236年に生まれた度会行忠だったそうだ。外宮の禰宜として仕えて、死ぬ前にトップの一禰宜に達成したが、様々な書物を著わしたようだ。その内、三つはいわゆる神道の三部書の「御鎮座伝記」、「御鎮座本記」、「御鎮座次第記」は一番影響があったようだ。この書物は、神宮の禰宜ではないと、更に60歳を越えないと、見ることは許されないという。だが、伊勢神道の説教などを通して、神宮の若手禰宜はもちろん、俗にも内容が伝わったようだ。
この時期の伊勢神道の重大な点は、外宮の神の豊受大神は、別名は天御中主神も国常立神もあったことだった。つまり、外宮の神は、内宮の天照大神に古事記で先立つ神様だとの強調だった。この八百年前の時代に内宮と外宮が対立したようだが、これはその拮抗の顕在化だといえるだろう。
次は、度会常昌だった。常昌は24年間一禰宜のトップを勤めたが、その間御伊勢参りの規定を定めた。それは、心身の浄化を進めるための規定で、神宮に参拝する人を対象にしたという。道で穢を避けながら伊勢に近づくことと、伊勢で或る行動や言葉を避けることもあったようだ。その上当時の天皇に祓えの言葉の集を献上したようだ。当時の祝詞はいつも同じことばではなかったので、収集して献上したというが、これは伊勢神道の強化の始まりと言えるのではないかという。常昌も鎌倉時代の事物で、亡くなったのは1339年だそうだが、伝承によると外宮に近い山の上から天に上がったそうだ。
最後の重要人物は度会家行という人だった。家行は、鎌倉・南北朝時代に活躍したが、生没年は未詳だそうだ。家行は北畠親房と近い関係を持って、外宮の神職が直接的に戦に参加したようだ。家行が伊勢神道の伝承を収集して、書物を著わした。この中で伊勢神道の中心となる概念を説明したが、それは清浄と正直だったと言う。当時の戦乱の中で神宮の境内にさえ遺骨がよく発見されたようだから、穢れを清めるためのことを真剣に考えるのは当然だろう。
最後に紹介されたのは事物ではなく、書物だった。それは「倭姫命世記」だった。倭姫命は、ご存知の通り、垂仁天皇の皇女で天照大神に授けられた鏡を伊勢まで遷した人物だったので、神宮の歴史の中に重大な役割を担う。この書物は、行忠に編纂されたようだが、中には古い文章が散在残っているそうだから、古代の伊勢の神話も窺えるようだ。例えば、豊受大神が丹波国の吉佐宮から遷った時、井戸も一緒に持ってきたという話があって、外宮で今もその井戸が残るという。
今回の講座には内容がたくさん入っていたので、満足だ。むしろ、すべては覚えられないほど多かった。次回を楽しみにしている。

寂しい、寂しい

Posted by チャート・デイビッド on May 20th, 2008

ちょうど今ゆり子と真由喜が名古屋へ出て行った。一週間一人で生活を送って、仕事することになる。もう寂しくなってしまった。ビデオチャットを楽しみにするが、日曜日のお帰りをもっと楽しみにしている。

習慣の力

Posted by チャート・デイビッド on May 19th, 2008

習慣には不思議な力が潜めているね。昨日真由喜を寝かしたときに強くそう感じさせられた。寝かす前に普段の通り沐浴したが、お風呂の中に真由喜はご機嫌で楽しく立ってガーゼなどと遊んだ。そして、上がったらゆり子と一緒に元気に遊び続けた。寝室に入っても、ベッドの上にゆり子に支えられて立ったし、笑顔で笑った。だが、或る程度暗くなった部屋の中で私が抱っこした途端、真由喜が泣いた。寝る前に泣くことはどこの赤ちゃんでもよくあることだそうだが、寝るのはつまらなくて、まだ遊びたいからだとされる。少なくとも家でよくあることだが、毎日とは言えない。週に三回ぐらいと言ったら間違いはないだろう。
さて、真由喜が泣き出したが、私が抱っこしながら部屋を歩き回ったし、子守りの歌を歌った。(実は、子守りの歌よりイギリスの民謡やキリスト教の讃歌は多いが、私がよく知る歌を歌うのはポイントだ。激しく歌わない限り、子守唄とほぼ同じ効果があるようだ。)そうしたら、十分以内真由喜が寝てくれた。要するに元気に遊ぶからぐっすり寝るまで、多くても十五分がかかったことだ。昼間ならそういう風に寝かせる訳はないので、毎日同じ時期に寝かすし、同じ方法で寝かす習慣の力のお陰にする。いつまで力を持ち続けるか分からないが、幼児の時代まで続くと大変嬉しいね。

家での一日

Posted by チャート・デイビッド on May 18th, 2008

今週外出しないことにした。やはり家でやったほうがいいことがいっぱいだから、私もゆり子も用事と挑戦した。私がちょっと机の上の整理とか読んだ新聞や雑誌の処理などをしたが、ゆり子が名古屋へ行く準備した。それは、来週ゆり子と真由喜が名古屋の実家に行ってくるからだ。一人ぼっちの私は、寂しくなるがビデオチャットで寂しさを減らすつもりだ。そして、少なくともよく寝られると思う。パワーと蓄えたらいいね。