神道を知る講座IV〜第五回
Posted by チャート・デイビッド on June 18th, 2008國學院の神道講座が続いた。今日、岡田先生が吉田神道を説明した。先生によると、先生の先生と先生の先生の先生(分かりにくいのかな)が吉田神道についえての叢書を著したそうだから、詳しいはずだ。確かに、演説の内容はかなり詳しかった。
ご存知の通り、吉田神道は吉田兼倶という人物に唱えられた神道だ。吉田兼倶は、室町時代末に生きていたし、神祇官と深く関わっていた卜部氏から出自した。吉田家が、鎌倉時代に、日本書紀を家学にしたので、日本の古典に詳しく、文庫には貴重な書籍がたくさん蓄えたようだが、残念ながら吉田兼倶の息子の時代に罹災して、ほぼ焼失してしまったそうだ。
さて、吉田兼倶が吉田神道を唱え始めたのは、36歳の頃だったと言う。そして、三十年渡って、朝廷や公家に発表したり、説明したりした。吉田兼倶自身が著した書物は本当に少ないそうだが、聞書きは多いようだし、その聞書きは本当に詳しい。先生が現代の学生と比べて、最近完全に聞書きするのが稀になったようだ。確かにそうだね。私のメモは、本当に重大の点のみだよね。
吉田神道の内容は、仏教、特に密教、儒教、道教などから強く影響を受けたそうだが、二つの部分に分かられてそうだ。一つは、いわゆる「顕露教」だったという。先生の説明は、これは宮中で行われた祭祀などを指す言葉だった。要するに、或る程度公で広く知られた神道だった。それに対して、「隠幽教」があった。それは、吉田兼倶によると、吉田家のなかで秘伝として伝わってきた神道だったが、実は吉田兼倶が想像した神道だと先生が言った。
吉田神道の主張は、神道は他の宗教の本だということだったという。日本に存在する宗教を木に例えて、神道は根幹、儒教は枝葉、そして仏教は花だと言った。これはいわゆる反本地垂迹説だが、日本の仏教の神道の神は仏の権現だという説を逆にして、神道の神を本地にしたようだ。そして、記紀から拾った国常立神という神を絶対神のような存在にして、太元尊神という呼称を付けた。
重んじた書籍には、日本書紀はもちろん、中臣祓も解釈したようだ。講義の最後のほうに、その一分を紹介してもらった。吉田神道の中臣祓は、現在に使われたのとほぼ同じだが、相違点はある。そして、解釈の中で吉田兼倶が主張したことには、三つの興味深い点がある。先ず、人間の心と神は同じ存在だと言う事だ。その上、国常立は人の心だ。神と人間の一体化だ。
そして、祓を唱えたら、言葉が分からなくても、音が体に響いたら浄化するという。祓詞には呪術的な力があると言ったようだ。
最後に、神道には本当に秘事はないが、信じさせる為に秘密にする神事があると言ったことだ。これは確かに説得力がある説だ。人間は、秘密があると言われたら、なんと憧れる場合は多いのではないか。私も同じ気持ちがあるし、推理小説も同じ気持ちで惹かれるだろう。
ところで、ちょっと私が一安心になったこともあった。講義で、先生が昔の日本語で書いてあった文章を読み上げたが、時々発音が不明になって、ちょっと迷た。そういう専門家にも問題があったら、私が歴史についての本のなかでそういう日本語に遭ったら、簡単に読み方が推測できないことについて心配しなくてもいい。よかった。