私の生活、意見、日本語の練習

Archive for November, 2008

寝てしまった

Posted by チャート・デイビッド on November 30th, 2008

いつもの通り六時半ぐらいに起きた。そして、ゆり子と真由喜も起きたら、朝ご飯を食べた。皿を洗ったりしてから、もう十一時すぎたが、眠くて頭が痛くなって、また寝た。
四時すぎたら、また起きた。
やはり、先週は大変寝不足だったね。今も完全に復活していないが、朝より大変ましだ。今日も夜遅くまで起きないようにするので、明日の真由喜との一日のために元気になると思う。
ところで、キッチンの電気を修復した。私が眠っていた間に、ゆり子が100円ショップに行って、マイナスドライバーを買ってきた。それを使って私が電気のカバーを外した。電球を替えたが、カバーを戻すときに大変気をつけた。二度と同じことにならないようにね。如何にデザインが悪いと言っても、問題になったら損を受けるのは、デザインした人ではなくて私たちだから、デザインの欠点を補うために私たちが努力した方がいい。だから、付けていた間に、数回外せたことを確認した。ちょっと外す方に回せたら、外せるはずだから、完全に外さなくてもいい。
できて、安心した。キッチンには明かりがあるといいね。
又話が変わるが、今日の範疇は「様々』だから変わってもかまわないだろう。真由喜のことなのだが、もう鏡の中の真由喜は自分だということが分かるようだ。数ヶ月前から「分かるかな』と思ったが、今日鏡を見ながら自分の格好を変えて、楽しんでいる姿が見えた。明らかだよね。
赤ちゃんから卒業して、幼児に入学しつつあるね。
では、我が子のことも書いたので、わが子という範疇にも入れた方がいい。

いよいよ週末

Posted by チャート・デイビッド on November 29th, 2008

丁度今今週の仕事が終わった。実は、東京での用事は多く、今週希望の通り仕事はできなかった。執筆は、8000語から6000語に減らしたし、編集は最低限になってしまった。読書は水準に満たしたが、週末にも読書しないといけないと思う。(できれば、週末に英語の読書もしなくてもいいようにしたいのだが、今週できなかった。日本語の読書は基本的には練習のために毎日するので、週末にも怠らずするのは通常だ。)
しようとする仕事の量は多すぎるのではないかと思う場合もあるが、減らせるところは見えない。今の収入だけではなく、将来のことも考えなければならないので、様々な工夫や戦略を使う必要がある。読書は、全ての仕事の基盤になる。読書抜きに編集も執筆も教えることもできない。とはいえ、直接に収入と繋がらないことは明らかだろう。読むために雇用されたのは、大学の教授ぐらいだろう。教える仕事や編集は、今の稼ぎ方だ。執筆は、将来の戦略だ。だから、廃れられる道はないのは否めない。
より苦労する方は多いのがよく分かるし、私の人生は全面的に辛いとも全く言えないし、努力は誰にも必要だというのも認めるが、疲れた週の最後の夜にちょっと歎いても、というか愚痴してもいいだろう。

パーティでの真由喜

Posted by チャート・デイビッド on November 28th, 2008

昨日先日書いた展示会を主催した生徒さんの展示会が無事に終わったことを祝うパーティに行ってきた。ゆり子と真由喜も一緒に参加したが、私とゆり子が楽しい時間を過ごした。
真由喜も楽しそうだった。まだ人見知りは強くないので、人に笑顔を見せたことは多かったが、私やゆり子を握ることも多かった。最初になぜか床に大変座りたがったので、結局させた。他の人が通ろうとするときに私が真由喜を持ち上げたので、邪魔にならないように気をつけるつもりだった。
パーティではスピーチがあったので、スピーチが終わったら皆が拍手した。真由喜も拍手に参加したが、ちょっと長いスピーチの場合、終わる前にもう拍手をし始めた。比較的に長いスピーチの途中で、三回ぐらい拍手してしまった。だが、テーブルに軽くぶつかったときを除いたら、本当にいい子にした。歩きたがった場合もあったが、暴れたり泣き出したりすることはなかった。
だが、帰り道は別だった。電車のなかで号泣して、二回一旦降りることになった。バスに乗ったら、また泣いてしまったが、降りたとたん寝てしまった。帰りはちょっと遅くなったので、やはり真由喜は眠かったはずだ。だから、三人でいくときにより早く帰った方がいいことを忘れないように気をつける。

壊れた電気

Posted by チャート・デイビッド on November 27th, 2008

最近キッチンにある電気が不具合になってしまった。完全に光らないではないが、スイッチを入れたら光るかどうかが分からない。だから、電球(実は丸い形の物だが)を交換したほうがいいと思った。月曜日か電気のカバーを開けて、必要な電球の種類を確認した。そして、カバーを戻した。ゆり子が新しい電球を買ってきたので、交換するしか残らない。
だが、もうカバーがなかなか開けられない。回して開けるタイプだから、閉じた時に回し方がちょっとずれたのではないかと思うが、カバーは一切動かないので、電球の交換は無理が。工夫を試したがまだ効果はない。このように続いたら、壊して新しい電気を買うしかないようになる。キッチンには電気はないなら、大変だからだね。
電気のデザインが悪いと思う。私のせいではない。というのは当然だが、本当にデザインが悪いと思う。これほど簡単に使えない状態にできるのは、なんと言ってもよくないだろう。乱暴に閉じたわけはないし、天井に付いた電気だから、頭の上で作業するしかないし、ちゃんと見るのは無理といえるだろう。だから、小さいミスに優しい組み合わせのほうが適切なのではないか。人が間違えたら、勿論間違えた人も悪いが、間違いやすい構えを備えた人も悪いし、構えた人の方が悪い場合も少なくないだろう。執筆するとき、そのようなことを念頭に置かなければならない。読者の多くが勘違いしてしまったら、悪いのは読者ではなく、作家の私だということ。
だが、まだキッチンには光はない。

神道を知る講座IV〜第10回

Posted by チャート・デイビッド on November 26th, 2008

今日、今年度の最後の神道講座に行ってきた。天気はいいので、溝の口までの散歩も気持ちよかったし、講演の内容も興味深かった。今日は、先々週と同じように、阪本先生だったが、阪本先生は面白い余談が好きだということは前に述べた通りだ。残念ながら、阪本先生には私と同じ癖があるようだ。それは、余談に入ったら、声をちょっと下げて、ちょっと早口にすることだ。私は、英語の授業でそういうことをしてしまうので、私の方が酷いことがよくわかるが、とにかくまた分からなかったところは多少あった。それは、粗筋で飛ばさせてもらう。
さて、内容はまた国学だったが、今回は本居宣長(もとおりのりなが)と平田篤胤(ひらたあつたね)を中心としたが、国学の流れは主なテーマだったといえるだろう。最初から、国学には重大な要素は考証ということだった。昔からの文献を比較して、考古学も参考にして(江戸時代の考古学は未成熟だったが)、古の事実を把握しようとする学問だったという。だからこそ、宣長が先生の説にこだわらないように指摘したそうだ。要するに、自分の先生の説はおかしいと思ったら、証拠を上げて反論してもいい、というより、反論すべきだということだ。宣長が自分の先生に対してそうしたし、宣長の弟子もそうしたという。この態度は考証に不可欠ということは、いうまでもないだろう。宣長が残した研究ノートは貴重な資料だそうだ。
この観念を考えたら、国学は神道の学問だけではないことがわかるという。文学史も、一般の歴史も、考古学も国学の範囲や範疇に入るそうだ。だが、神道との特別な深い関わりがあるのは否めないそうだ。その原点として、宣長の神説を挙げた。「カミ」という言葉の語源は、宣長によると不可知だそうだが、カミという存在について説をしたという。それは何回も述べた「優れたものはなんでもカミになる」説だ。だが、この説を考えたら、考証とほど遠い関係があることが分かる。証拠は何だろうと考えたら、証拠はないはずだということになる。だから、これはもう一つの要素に、つまり信仰になると解いてくれた。
ここで、ちょっと宣長の神観念と神道の神観念と阪本先生の神観念について述べた。それは、人によって神が異なることになる。要するにどの神を信じるのは、自由だそうだ。阪本先生の神棚に祀られた神様を別々に考えないと言ったが、ただ「神」として拝めるという。強いては特定するなら、天照大神だと言ったような気がするが、これはちょっと分かりにくくなった所だった。とはいえ、宣長なら、タカミムスヒという神だったそうだ。ここで不明のままだった点は、神から選べる選択肢の幅だった。極端的な例だが、キリストを選んだら、まだ神道になれるかが分からない。
では、この信仰の流れを特に汲んだのは、平田篤胤だったそうだ。幽界に興味が特にあったそうだ、つまり死んだ人の国に興味があって、見えない世界に興味があった。篤胤が大国主神を幽界の主として立てたそうだが、それは日本書紀の一つのところの一つの或る説によったそうだから、考証の立場から評判したらよくないと言える。だから、篤胤が考証を廃れて、信仰に専念したという評価が一般的になった。だが、阪本先生によると、その傾向の中でまだ考証のやり方を活かしたそうだ。あの世を勉強するためにも、経験があると主張した人の話を聞いたとか、文献を沢山比較したなどで、完全に国学の主流(と言えるだろう)の考証から脱出しなかったそうだ。
最後に講座担当の岡田先生がちょっと挨拶をしに来たが、来年の講座は岡田先生が一人で十回に亘って神道の論争について教える予定だそうだから、本当に楽しみにする。(岡田先生は面白いし、私にとって比較的に分かりやすい先生だから、安心できるね。)

言葉の真似

Posted by チャート・デイビッド on November 25th, 2008

真由喜が適切な年齢になったので、言葉を真似する時期に入ったと思う。ずっと前から「ダディ」と私を呼んだし、たまに他の言葉の音も真似したが、この数日間級に言葉をよく真似することになった。今日の例を挙げる。
まず、午後にゆり子と真由喜がお出かけする前にゆり子が真由喜にコートを着せていたときに、ゆり子がジッパーを上げると「アップ」と言った。そして、真由喜も「アップ。アップアップアップ」と言い答えた。
そして、ちょっと前に私が真由喜と一緒に「いないいないばぁぁ」という本を読んだが、真由喜が「ばぁぁ」のページにめくったら、「ばぁぁ」とはっきり言った。それに、前の「いないいない」ページには「ばぁぁ」とは言わなかったので、意味が分かるというか、言う場面が分かってきたと言えると思う。
だから、これから積極的に言葉を言わせてもいいだろう。勿論、真由喜がいやがると止めるが、機会を沢山作った方がいいのではないか。特に英語の機会も日本語の機会も両方を与えないとだめだよね。バイリングアールにさせるための本当の努力はこれからだろう。今まで両方が毎日聞いたらいい状況だったが、音や発音に慣れるためだった。これから自分で発言できるようになるためだから、より積極的にする必要が発生するだろう。
でも、嬉しい。喋り始めたと言えるだろう。

全国「一の宮」徹底ガイド

Posted by チャート・デイビッド on November 24th, 2008

この本は、新潟県の花についての本だ。嘘だ。またタイトルかたすぐに分かるような本だ。
「一の宮」というのは、平安時代からの制度で、日本の都道府県制度の前に「国」という地域に鎮座する一番偉い神社を指す。京から赴任された官僚が最初に一の宮にお参りする習慣があったが、一の宮の決め方は定められなかったようだから、一応の印象によって決まったのだろう。確かにちょっと不思議に思われる国もあるし、今も本当の一の宮は不明の国もある。この本の中で、四つの候補がある国まで記載される。(信濃の国の一の宮の諏訪大社には宮が四つあるが、それは一つの神社として扱われたので、争う候補ではない。越中の国には四つの候補があるそうだ。)そして、有名な神社が一の宮にならない場合も少なくない。明治神宮が一の宮にならないのは当たり前だが、(それは、二十世紀に建立されたので、平安時代の制度に入るわけはないからだ)宗像大社は一の宮ではないことはちょっとびっくりした。宗像大社の本社は一の宮ではないのに、分社の安芸の国の厳島神社は一の宮の一つとして数えられている。そして、伊勢の神宮は格別だから、一の宮にならない。(とはいえ、鎌倉時代まで天皇以外の人が神宮にお参りすることは禁止されたので、一の宮の制度の目標から考えたら、神宮には一の宮になる資格はなかったと言える。)
この本は、68の古代からの国の一の宮についてページを二枚から五枚を使う。連絡先や交通案内は簡単に示されているが、お参りすることにちょっと足りない場合もある。「○○からタクシーで90分」と書いていれば、もう少し詳しい情報が欲しくなるね。でも、「××駅から徒歩2分」の場合は十分だろう。そして、神社についての情報はそれぞれだ。由緒を語る場合は殆どだが、深い謎に包まれた神社もあるので、そういう立場からあまり言えない場合もあるようだ。
といっても、本を読んで全国一の宮巡礼がしたくなってきた。新しい一の宮と候補を含めたら、88ヶ所の神社に昇ので、積極的にしても十年間以上がかかるようだ。だが、できたら日本の全国を訪れる。(新しい一の宮は、北海道や沖縄県、東北の地方の神社を指定するので、本当に全国になる。)家族でお参りしたいと思うので、真由喜がもう少し大きくなって、覚えられるようになったから始めたほうがいいかなと思う。