私の生活、意見、日本語の練習

Archive for February, 2009

鏡の謎

Posted by チャート・デイビッド on February 28th, 2009

ほぼ生まれた瞬間から赤ちゃんが鏡に興味を示す。真由喜もそうだった。最初は、もう一人の赤ちゃんがいると思い込むそうだが、それも楽しいようだ。だが、ある時鏡に映っているのは自分だということに醒めるそうだ。真由喜がいつも鏡と楽しく遊ぶが、今まで自分が見えるのが分かるかどうか分からなかった。
昨日疑いが解消された。ゆり子が真由喜の髪の毛を結って、可愛い二本にしたが、真由喜が不信を示して、取ろうとした。「なにこれ」との顔だったそうだ。そして、自発的に電池レンジの前へ行って、レンジのドアにある映像で自分の頭の状態を確認した。そして、可愛い姿をみて、満足になったという。私が来た時、髪の毛に手を出さずに気持ち良さそうに遊んでいた。
明らかになったのは、昨日醒めなかったことだ。自発的にいくために、もう映す場面を見たら自分の顔が見えることが分かるのは条件だからだ。いつから分かったかなと思うが、また成長の証拠だ。

大神神社

Posted by チャート・デイビッド on February 27th, 2009

大神神社についての本を読んだ。日本最古の神社だそうだし、特徴は多いようだ。例えば、本殿はないが、いわゆる三ッ鳥居の向こうに禁足地がある。禁足地に入るのは、宮司と神職に限られて、一年に一回だそうだ。明治以前、三輪山全体は禁足地だったそうだ。なぜなら、ご神体は山だからだ。本殿はない理由がすぐ分かるような気がする。山を入れられる本殿を築くのは無理だからだよね。だが、最近指定された道に従えば、山頂まで参拝できるそうだ。少なくとも一度参拝してみたいと思う。
大神神社の場所で1600年以上前からずっと宗教的な活動が続いて来た証拠は確定だそうだ。出土品は多いし、儀式用の模型の物も高い割合をしめるそうだ。そして、山の隣にある箸墓の古墳は、たしか日本の最古の前方後円古墳だと言われる。歴史は極めて長いのは疑えない。興味深いことは、現在の神道との繫がりだ。連綿的に現在まで続いて来たが、変貌は多かった。特に神仏分離の時に三輪流神道が大きく変わったようだ。神仏習合の味は強かったが、完全に払拭された。それと同じく、仏教の導入の変貌もあったはずだ。仏教の渡来の前から三輪山での宗教施設があったのは明らかだから、仏教の色彩はなかったと言える。要するに、少なくとも二つの大転換があったと言える。その上、鎌倉時代にも変貌があった可能性は高いし、三輪流神道の歴史は、七世紀まで遡らないようだ。
このように、大神神社が神道の歴史を結晶すると言えるのではないか。連綿な歴史があるものの、変貌は多くて重大だから、「元々の神道」などを発掘するのは極めて難しい。
一方、現在の祭りの描写を読んだら、今も変わりつつあることが分かる。安全のために火祭りの形が変わったし、三十年以内新しく鎮座された神社もある。それに、比較的に最近に再興された祭りも少なくない。と言っても、大神神社の崇敬者はまだ多いようだし、積極的に参拝する人も途絶えない。だから、変化を否定する必要はないと私が思う。時代に合わせて伝統を汲みながら信仰を練るのはいいことなのではないか。そうしないと、現代に合わない宗教が問題を起こすばかりだと思う。
だから、由緒がある神社の歴史を検討するのはいいが、歴史はこうではないと現在の神社には意味はないとは言えないと述べたいのだ。歴史から刺激を受けたら、歴史の役割が果たされると言えよう。

また疲労

Posted by チャート・デイビッド on February 26th, 2009

昨日昼間に三時間寝てしまった。頭痛が生じて、仕方がなかった。だが、やはり仕事に支障になったね。執筆はなかなかできなかった。原因は、連続的な寝不足だったのは明らかだ。火曜日にもあまり仕事ができなかった。それは、もう疲れていたし、真由喜の面倒を見ることは多かったからだった。だから、今週の仕事の水準に達することはできないだろう。このようなこともあるので、仕方がないが、悔しい。時間は本当に一番限られている資源だと痛感する。
この状況になったら、いつも生活の形を見直そうと思うが、見直しても簡単に変えられるところはないようだ。稼ぐのは必要だし、ゆり子と真由喜と時間を過ごすのも必要だし、それに将来の活躍のための準備も怠るわけにはいかないので、やることは多い。巧みに事案に入れても或る程度時間がかかるのは避けられない現実だ。だから、我慢するしかないだろう。
では、今日の仕事に入った方がいいので、ここまで。

歌好き

Posted by チャート・デイビッド on February 25th, 2009

最近真由喜が明らかに歌好きになった。DVDを見たら、躍ったり歌おうとしたりする。まだ完全に音楽と合わせて歌詞を歌うことはできないが、適切な音を適切なときに出すことはできる。そして、DVDではなくても、私かゆり子が歌って上げたら、一緒に歌うことにのりのりだ。踊りも素晴らしい。体を動かすだけではなく、リズムに合わせて、DVDでの踊りを一応真似することも殆どだ。伊豆大島でも、見ていた踊りと一緒に躍ろうことはあった。
舞踊教室に通わせるのはまだ早いが、将来にそうするかなと思うようになった。したら、日本舞踊がいいかなという気持ちだ。だが、真由喜を体験させて、真由喜が好きになる種類に通わせたほうがいいね。子供の教育は難しいのをもう実感する。一方、強制的にさせるのはよくない。他方、子供の自己管理が足りないので、親が指導しないと、教育が足りない恐れがある。バランスを取るのは必要だが、どのようにバランスしたらいいかというと、分かりづらい。少なくとも、今の年齢で遊びの形でさせたほうがいいのは明らかだ。

椿まつり

Posted by チャート・デイビッド on February 24th, 2009

では、一昨日と昨日の旅行のことを書こう。
伊豆大島に初めて行ったのは、去年の九月だった。お母さんと一緒に四人で三泊したが、大変楽しかった旅行だったので、また行きたいなと思った。その上、伊豆大島が有名なのは、椿だ。九月には椿が咲かないのはご存知の通りだ。だから、椿の咲く時期にまた行くことにした。
九月と同じ伊豆大島にある温泉旅館、くるみやに泊まった。今回の部屋は、海の眺めがあって、10畳のリビングと6畳の寝室があった部屋だったので、真由喜にはよかった。リビングをよく走り回っていたし、たくさん遊べたからだ。そして、ご飯もまた美味しかった。晩ご飯は、食べきれない量で、美味しい海の幸だった。ただ、真由喜がなぜかあまり食べなかった。いつもと違う環境だったからのだろうと思った。そして、温泉も気持ちよかった。露天風呂に夜に入ったが、意外に気温が暖かったので気持ちよかった。星も見えたし。朝の天気はよくなかったので、内湯にしたが、それも気持ちよかった。土曜日の夜に混んでいたそうだが、日曜日の夜に十数人がいたと思うので、お風呂も混まなかった。
さて、宿泊施設はよかったが、メーンは椿まつりを見ることだった。伊豆大島には椿は多いが、観光地として大島公園の中の椿園は中心地だと思う。日曜日には天気はよかったので、レンタカーに乗って早速見に行った。真由喜が車の中で寝てしまったので暫くの間私が眠っている真由喜と持っていた。椿園の中の椿の種類は本当に多いし、花の色や模様も様々だ。ゆり子も私も写真を沢山撮った。そして、真由喜が起きたので、歩かせた。公園の中で歩いても安全だから、一人で歩かせたりした。追い掛けたのは当然だが、真由喜が自分の興味の持つ所に行った。
公園の前の広場でいわゆる「椿プラザ」があって、屋台もあった。伊豆大島の伝統的な女性のあんこの衣装を試着した。私もしたので、面白い写真がある。だが、真由喜がびっくりして、大泣きしたので、あの時真由喜は衣装しなかった。軽いお昼を食べてから、ステージで日本舞踊とあんこ踊りのパフォーマンスがあった。面白かったし、真由喜も楽しんだ。躍ろうとしたが、まだちゃんとあわせられなかった。
夜に夜祭りがあった。それは毎日開催するそうだが、出演する人が毎日変わるという。日曜日に、最初は抽選だった。私たちが伊豆諸島のレジャーシートに当たったので、よかった。真由喜がよく使えるものだし。次は、和太鼓だった。私は和太鼓が大好きだが、真由喜が相当驚いた。始まったら、私にくっ付いたが、続くとゆり子にくっ付くことになった。泣かなかったが、目が大きくなって、太鼓をじっと見つめた。
太鼓の後で、「スーパーあんこ娘」というグループがあった。昼間のあんことの基本的な違いは、およそ40年だった。他の違いは、これから発生したと思う。特に、あんこの踊りの手振り身振りを使って、現代の音楽に合わせたり、アレンジしたことだった。スーパーあんこ娘達も、中学生から高校生までに見えた。けっこう上手だったので、これも楽しかった。そして、伝統が将来にも受け継がれるように、このような活動は必要だと思う。生きている伝統は、いつも時代とともに変わりつつあるので、40年後あんこの基本は、スーパーあんこ娘の踊りを取り入れるだろう。
さて、月曜日に天気は悪かった。風も雨も酷かったので、館内のことにした。伊豆大島火山博物館に行ったので、火山の知識が増えた。勿論、一歳児を見ながら観察したので、全て詳しく見えなかったが、面白そうなところは多かった。真由喜がちょっと大きくなったら、また行きたいと思う。
天気のせいで、元々のジェット船から大型客船に切り替えることになったので、ゆり子の体験したかった椿染めはできなかった。工房(夢の工房)に行って、見学したし、お土産も買ったが、そうしたらもう港に向かう時間になった。
大型客船は意外に愉快だった。真由喜が階段で遊んだし、ゆり子が昼寝できたし、真由喜も二時間ぐらい寝たので、次回船にするかなと思った。結局家に帰ったのは、午後九時以降だったが、本当に楽しい二日間だった。

ただいま

Posted by チャート・デイビッド on February 23rd, 2009

今伊豆大島から帰って来た。一泊の旅行だったが、椿まつりだったので大変楽しかった。真由喜も楽しんだようだ。和太鼓の演奏はちょっとびっくりしたが。そして、今日の天気のためジェットホイルから大型船に切り替えた。もう遅くなったので、詳しく書くのは、後にする。明日かもしれない。

経済改善

Posted by チャート・デイビッド on February 22nd, 2009

今の金融危機を受け、経済の改善を論じる人は少なくない。確かに従来の制度には深い問題があることが否めない。その上、環境の問題を考えたら、消費者社会を改善する必要もあると言わざるを得ないだろう。しかし、必要な改善は非常に大きいだろう。
消費者社会で、経済の力は、物を消費することから生ずる。だが、環境の問題を考えたら、この構えを抜本的に改善する必要がある確率は高い。物を消費するために、限られている資源を使ってしまうからだ。これを受け取ったら、物を買わないほうがいいと思う人はすくなくない。問題は、ここから始まる。
収入を得る方法は、物や技を磨いて、売れることだ。一般の人が買い物を止めたら、収入も貰わなくなる。実は、それは日本の今の恐慌の原因だと言える。車やテレビが買われなくなって、ソニーやトヨタの利益が激減して、失業者が多く現れる。失業者には経済的な余裕はないので、車やテレビを買わない。だから会社の利益がより低くなってしまうし、また失業者が洗われる。悪循環だ。
改善しようと思ったら、できるかもしれない。ただ、必要なのは、人が仕事を全くしなくても収入を貰うことだ。収入と物売りを完全に無関係にしないと、自然にまた今の状況に戻るようだ。怠け者もお金を貰ってもいいとしても、或る程度ものを作る必要が残る。少なくとも食べ物を培うのは必要不可欠だ。そして、何もしない人には鬱病が発生しやすいと言われている。
より深い問題は、先端技術の作品はいいものだという事実だ。医学だけではなく、通信技術も著しく役立つ。このような利益を保つために、どうしたらいいのだろう。
今のところ、私には答えはない。共産党の提案は、実現したら失敗してしまった。今までの資本主義の解決も失敗に終わっている。貴族の廃止や民主主義の導入のように大きな変化が必要になるだろう。幸い、イギリスで戦争なしにそのような変化ができたので、これから必要になる変化も暴力を避けて導くと望んでいる。