私の生活、意見、日本語の練習

Archive for March, 2009

ボールと人形遊び

Posted by チャート・デイビッド on March 31st, 2009

昨日真由喜との新しい遊びを見つけた。床に座って、ボールをお互いに投げたりする遊びは昔から大人気だが、昨日ちょっと新しくした。真由喜のメルという人形が私の方に来て、ボールをキャッチしたり投げたりした。真由喜はずっと大喜びで笑い続けた。私がメルを操りながらメルの台詞を言ったので、まるでメルと遊ぶかのようだと真由喜が思ったのかな。だとすれば、想像遊びが始まった証拠だよね。少なくとも真由喜が20分ぐらい笑い続ける様子を見るのは嬉しい。
ところで、昨日の夜、私がホームベーカリーを用意したが、ドライイーストを入れるのを忘れてしまったので、今朝ぺちゃんこだった。食べれなくはなかったが、やはり忘れない方がいいね。頑張る。

入園祈祷

Posted by チャート・デイビッド on March 30th, 2009

昨日三人で白幡八幡大神にお参りして、真由喜の入園の報告をした。天気もよかったし、大安だったので、初宮詣するために着た家族は多かった。私たちが前もって予約したので、問題はなかった。真由喜もいい子にした。というのは、ご祈祷の間に泣かずに拝殿に座ってくれたということだ。私たちが二礼二拍手一礼をした時、真由喜が参加しなかったが、やはり拝殿の中でするのは新しかったので、ちょっと周りを見て「ここはどうかな」との顔をした。
そして、社務所の中庭で真由喜が池の中の鯉を見て大変喜んだ。凄い興奮ぶりだったので、池の中に飛び込まないように見守る必要があった。
ご祈祷の後で近所のはなやよへい(漢字がなかなか出て来てくれない)でお祝いのお昼を食べた。真由喜がベビーカーの中で寝てくれたので、ゆっくりできたし、話もできた。二人暮らしでも、ちび子がいたらゆっくり話す機会は意外に少ないよね。だから本当によかった。
ところで、神社からのお下がりのなかにクッキーがあった。桜のクッキーで、入園っぽいでしょう。やはり適切なお下がりだった。真由喜と一緒に食べるつもりだ。

戦後日本論

Posted by チャート・デイビッド on March 29th, 2009

いよいよ日本史講座というシリーズを読み終わった。昨日読んだ第十巻は最後で、90年代に及ぶ章もある。
やはり戦後の歴史は、現状の基盤だから、本当に興味深い。イギリス人で1960年の学生運動などは知らなかったので、大変勉強になった。特に興味深かったのは、日本の家族構成についての章だった。人口転換は二つあるそうだが、日本はもう両方を通過したという。一回目は、多産多死から少産少死に変わることで、二回目は出生率が2を割り込むことだという。二つの変化の間に子供と老人の養われる世代と比べたら、労働者は多いので、経済成長には大変いい状況を作り出すそうだ。日本の場合、この時期は高度成長期に当たるのは言うまでもないだろう。
だが、二回目の変化が通過したら、労働者の割合が減る一方で福祉が難しくなる。特に両親の世代が子供の世代と比べたら多くなるので、家族ベースで老人福祉を行うのが厳しくなるようだ。だから、家族に委ねることはできなくなるそうだ。やはり、将来にとっては深刻な問題だから、解決方法を考えるべきだろう。
この章で驚いたのは、明治以前日本人の男性がよく子育てと関わったことだった。子育ては女性の役割だと言う考え方は、明治時代の輸入品なのようだ。一変変わって来たね。やはり伝統は「私の子供の頃のように」という意味を強く持つことをもう一度痛感した。
この本で現在の日本の問題と機会の原因が或る程度分かって来たような気がするが、解決方法を発想するのはまだ難しい。少なくとも歴史を読んだら、取り組めるようになる。(ただ、日本国籍さえ持っていないので、取り組めないだろう。)だから、これからまた日本の歴史のシリーズを読むつもりだ。

絵描き

Posted by チャート・デイビッド on March 28th, 2009

最近真由喜は絵描きが大好きになった。様々な色の鉛筆などを使って、線の模様を作る。ただ、一人でするのは寂しいようだ。よく私かゆり子を呼んで、描かせる。私たちがちょっと描いたら、真由喜がまた鉛筆を依頼して、自分の絵を続ける。そして、また私たちに渡して、私たちの絵描きを見る。このように練習したり遊んだりする。
その結果で昨日丸を書けるようになりそうだった。直線だけではなく、曲線も描いたり、曲線が元に戻ろうとした線もあった。はっきり描いたのは、波の線だった。波を数個描いて、笑いながら指を指した。何が面白いかよく分からないが、真由喜の美術感覚が発達していることは否めない。保育園に入ったら、益々進歩するだろう。
ちなみに昨日ゆり子が真由喜を小児科につれた。なぜならば、保育所が診断書を求めたからだった。同時に、ちょっと気になったことを聞いた。診断書は問題なかったし、気になったことも問題なかったそうだ。唇のしたのあれは、真由喜がなめたり乾燥させたりすることから発生したそうだから、ワセリンを塗ることになる。そして、真由喜が指を耳に刺そうとすることは、耳には何かがたまっているからではないようだ。先生が言うのは、ただの遊びなのではないか、と。
真由喜は元気な子だよね。よかった。

「あった!」

Posted by チャート・デイビッド on March 27th, 2009

最近真由喜がよく使うようになった言葉は「あった!」だ。使い方も正しいし。欲しいものが出てくると、笑顔で「あった!」と言ってくれる。そして、先日何かを探したときに「ない。ない。」と学会した声で言っていたが、見つけたとたん笑いながら「あった!」と言った。
唯一の問題は、私が現れたらも、「あった!」と言うことだ。私は物の扱いになってしまうのか。酷いよ、真由喜。

ラッキー

Posted by チャート・デイビッド on March 26th, 2009

北川景子さんが先日のブログで自分のキャリアをちょっと顧みて、自分のキャリアは実力ではなくただのラッキーだったと書いた。(そして、イチロー選手の本を読んで、考え方がちょっと変わったとも書いたが、私は取り上げたいのは、この部分だ。)
確かにラッキーなことがあった。北川さんは路上でスカウトされたそうだから、それはラッキーだった。ハリウッド映画に出て来たもラッキーだった。ハンサム★スーツほどいい映画で出演することもラッキーだと言える。しかし、ラッキーだけではないと思う。私のキャリア(というより今までの人生)を見たら同じだ。ケンブリッジに入ることにはラッキーだったし、Ars Magicaと深く関わるきっかけは、ちょうど発表があったときにメールを読んでいたことだ。ラッキーではなければ、何も成功になれないといえるのではないか。
ただ、ラッキーのみで成功できないとも思う。実力と努力は必要だ。実力と努力を報う成功が必ずしも訪れるとは限らないが、実力も努力もなければ、成功になれない。一瞬人気を買うことがあるかもしれないが、活かせないので直ぐに枯れてしまう。だから、北川さんのように数年キャリアを続ける人には、実力も努力があると判断できる。だが、ラッキーも関わるので、まだ成功していない人には実力や努力はないとは言えない。
自分の人生の方針を構えるために役に立つ側面は、頑張って忍耐することは必要だということだ。努力で或る程度実力が入手できるので、努力で成功の条件を整える。ただ、ラッキーは自分が左右できない素質だから、それを待つしかないだろう。条件が整っていることを確認しながら、運を待つことだ。
だが、本当に努力すれば、待っている間にいいことがあるはずだ。自分のできたことに誇れるようになるし、周りの人が、少数とは言っても、誉めてくれる場合も少なくない。努力は報われるとは限らないと認識しながら頑張れば、後悔する理由が見つけられないだろう。だから、私の方針はこれからも頑張ることだ。
ところで、今日は明治大学の卒業式だそうだから、北川さん、卒業おめでとうございます。

眠い

Posted by チャート・デイビッド on March 25th, 2009

昨日目標を済ますためにほぼ深夜まで起きていた。12時ぐらい寝たら、睡眠時間が僅か6時間に至る。それは、私にとって足りないので、今朝本当に眠い。だが、起きない選択肢はなかった。6時ちょっと前に目が覚めて、もう寝られなくなった。やはり雲雀だよな、私。だから今日早めに寝るしかないと思う。
遅くまで頑張るか早く寝るかという選択にしばしば直面する。容易な選択ではないのは痛感した。頑張った方がいい場合もあるし、寝た方がいい場合もあるが、当時に区別する証拠を抽出するのは本当に難しいからだ。言い換えれば、長期的に両方をバランスする必要があるが、どうやってバランスを取れるかはいちいちに見いだすことは難しい。だから試行錯誤になってしまう。この年齢になっても、まだこのような基本的なことを試行錯誤で探るなど、どういうことかと思うぐらいだが、現実を否めない。
さて、今日早めに寝られるために効率よく仕事を済ましたいので、これから仕事と取り組む。