私の生活、意見、日本語の練習

Archive for November, 2009

真由喜との銀座

Posted by チャート・デイビッド on November 30th, 2009

ゆり子の着物教室はまだ終わっていないので、今日も私が真由喜の面倒をみた。用事があったので、二人で銀座にいってきた。用事と言えば、先ずは鳩居堂で新年飾りを買うことがあった。それは、年明けの前にしなければならないだろう。他の用事は、花のあとという映画の前売り券を買うことだった。公開予定は来年3月だから、緊急ではなかったが、北川景子さんが主演する時代劇だから、必見な映画だ。(ゆり子の許可をもう得た。)
用事を済ましたが、真由喜の可愛い行動について書きたいと思う。親バカの記事だ。
さて、始めよう。銀座に行ってから、渋谷で下車して、東急の東横店で真由喜のおむつを替えた。やはり、おむつ替えシートの殆どは、女子トイレのなかだから、案内所で私の使える場所を尋ねた。男女差別はまだあるが、お子さん用の椅子は男子トイレにも設けられている。替えられた場所はベビー休憩室だったが、自動販売機もあった。自動販売機の中に真由喜がライオンの模様の飲み物を見て、飲みたがった。だが、購入しようとしたら、同じ商品のキリンの模様のものが出た。真由喜は大泣き。キリンさんはダメだったようだ。結局お店の人に言ったが、やはり模様はランドムだったそうだ。だが、私を説得することではなく、真由喜を説得することだったので、店員さんがまた百円を持ってきて、また挑戦した。幸い、今回ライオンさんの模様の商品が出てきた。
真由喜が飲んだが、あまり好きではなかった。やれやれ。
そして、銀座で交差点を渡る前に「信号は何色だろう」と聞いたら、「赤!」と答えてくれた。そして、変わったら、「さ、行こう」と言ったが、真由喜が「あっ、緑になった!」と言った。「日本語で青だよ」と私が言ったが、真由喜が「えぇぇ、緑だよ」と強調した。真由喜はまだ二歳で、文化的な偏見はないはずだから、決まっている。信号は緑だ。青ではない。英語のほうが正しい。

差別を見るに

Posted by チャート・デイビッド on November 29th, 2009

最近先進国の社会が差別に敏感になった。それはいいことだと私が思う。前は、差別があったが、殆ど「差別ではなくて、事実だ。女性の能力や自己管理力は男性に劣るし、黒人はよく考えられないし、ユダヤ人はキリスト教徒の殺害を謀る」と人が思ったり語ったりした。その三つの点は嘘で、差別の証拠だったのに、気づいた人は少なかった。だから、今でも思わずに差別が続く可能性はないとは言えない。敏感になったら、発見するチャンズが増す。
だが、「知らずに差別する」ということは問題になりがちだ。なずなら、知らずに差別する人は、差別するとは思わないからだ。それは当たり前なのように見えるが、意味は、「それは差別だ」と言われたら、「いや、差別ではない。そういうものか!」ということだ。そして、証拠を挙げるのは難しい。その場で言われたことを検証するのは普段に無理だし、もし態度の問題が訴えられたら、明らかな真実はない。「私は日本人であれば、そういう風に聞かなかったよ」と言っても、「いいえ、同様に聞くぞ」と答えたら、決める証拠はどこにあるのだろう。
この問題をより深刻にする状況もある。それは、自分のような人や自分が関わっている人に似ている人に対する差別には、人は特に敏感な状況だ。イギリスで、白人の男性が「白人男性に対する差別はまだ唯一の認められている差別だ」という。カトリックの人が「カトリックに対する差別はまだ唯一の認められている差別だ」という。ユダヤ人は、まぁ、もうパターンが分かっただろう。皆が正しいことをいうわけはない。皆が他の差別と判断された行為を見ても、差別だと判断しない。実は、イギリスの新聞で黒人が「黒人なら、人種差別は無理だ」とはっきり言った場合もあった。それはないだろう。人種的な偏見を持つかどうかは、皮膚の色とは無関係だ。だが、そう考えたら、白人に対する人種差別は見えなくなる。
その上、敏感しすぎて、差別はない場合でも差別を看做すことはなくはない。悪い態度と遭ったら、「差別だ」と判断する傾向はあるだろう。日本に住んでいる外国人の内にそういう人はいるようだ。(明らかな人種差別に遭った人もいるけれども。全世界の国と同じく、日本には人種差別は全くないわけはない。)
だから、差別される人以外は、差別に気づかない傾向がある。差別される人は、幻の差別を見る傾向がある。どうやって区別するのだろう。
一つはルールだ。例えば、「外国人はこういうことはできない」とのルールがあったら、人種差別だと言える。
もう一つは統計だ。ある人種には社会的な損害が多く負担されたら、差別がある可能性は高い。
だが、ルールや統計に表れない差別もある。それはどうしたらいい?難しい問題だと思うが、次のように考えたらいいだろう。先ず差別の被害者の意見を、差別の存在について尊重すべきだと思う。差別するつもりはなくても、知らずに思わずにそういう印象を与えるのもよくない。問題の原因は精神的な差別には限らないので、ちょっと落ち着いて客観的に見た方がいい。
一方、問題の深刻さについて、被害者の意見を別に尊重しなくてもいいと思う。自分の被害は特に酷いと思うのは人間的な傾向だから、客観的に見る必要がある。注意はまだ必要だ。加害者の意見も客観的ではない。だから、お互いに考えて、他の人の意見を聞いて、解決に向かうのは重要だと思う。

まだ風邪

Posted by チャート・デイビッド on November 28th, 2009

風邪はまだ完全に治っていないので、今日の気分はほどほどではない。レッスンはちょっと多い(5時間)ので、レッスンと読書するつもりだ。そして、早めに寝たいと思う。やはり忙しい日々に風邪がなかなか治ってくれないね。ましになったので、すぐに治るのは明らかだが、まだだよね。

ビザ更新

Posted by チャート・デイビッド on November 27th, 2009

昨日入国管理局からの通知書のはがきが届いたので、今日入国管理局に行って手続きを済ました。残念ながら、配偶者ビザの更新だったので、永住権はまだまだ決まっていないようだ。(入国管理局から帰って、ポストに永住権の通知書を見つけるかなと恐れたが、まだだ。)
用事は午前中がかかった。先ず区役所に行って、必要な証明書を入手した。そして、区役所から入国管理局へ。電車も三つ、鉄道会社も三つだったので、複雑だった。入国管理局で一時間ぐらい待ったが、いつもの通り手続きには時間がかからなかった。ビザと再入国許可は合計で7000円がかかったが、やはり手続きが終わったら、二階に行って印紙を買う必要があった。はがきには「印紙を持ってください」と書いてあるが、実は最後に取りに行くことになるのは妥当なのようだ。特に印紙を発行する人が「下の手続きは終わりましたか」と聞いた。
そして、最後の手続きは、また区役所に行って、更新を外国人登録証明書に記入してもらうことだった。それは無料だ。
更新の期間は普通の通りの3年間だから、暫くの間また心配しなくてもいい。入国の手続きはやはり一番重大な手続きだ。なぜなら、間違えたら、怠ったら、日本から追い出される可能性は高いからだ。生活が大混乱になってしまう。税金の手続きより重大だとも言えるだろう。
では、またできた。

温暖化効果ガス排出量削減

Posted by チャート・デイビッド on November 26th, 2009

来月上旬にデンマークのコペンハーゲンで温暖化対策についての国際会議が開かれる。だから地球温暖化についての論争がより激しくなったように見える。
対策に反対する人が「対策したら、狩猟採集の社会に戻らざるを得ない」と警告するが、それは大げさだ。江戸時代の日本の温暖化効果ガス排出量は今の1割にも達さなかったはずだが、狩猟採集の社会でもなかったので、今日削減しても石器時代に戻らない。一方、対策に賛成する人が「燃費をよくするとか、断熱をよくするなどだから、問題はなくてもやるべきことだ」と言いがちだ。
今の研究の成果から判断したら、2050年までに排出量を半減する必要があるそうだ。それを世界中に平等に課すために、先進国の削減率は9割だそうだ。10年ずつに考えたら、10年に4割減を目標とする必要がある。要するに、2020年までに40%削減は必要だ。日本の世界中の国を抜け出す25%削減の目標も明らかに足りない。
これは、自動車の燃費をよくすることでできない目標だ。
実は、25%の削減は、そういう今の社会に利益をもたらす方針で実現できる可能性はあると思う。努力する必要があるが、家の断熱を一段落よくしたり、自動車の燃費もハイブリッドのレベルにしたり、冷房と暖房の設定を28度や18度にしたり、電灯をLEDにしたりすれば、できなくはないだろう。政府の促進は必要だが、経済に刺激になる可能性もある。運が良ければ、この方法が40%削減も実現できるだろう。これはやるべきだと思うし、地球温暖化を信じない人も否めないだろう。利益ばかりになるからだ。
だが、それは2020年までの目標だ。2021年から2030年までの間に同じような削減は必要とされている。現在の技術で、それは現在の社会構造のままでできない目標だろう。そして、2031年から2040年までの間にまた同じ目標がある。2041年から2050年までの間にも。
実現するために、新しい技術も社会の変更も必要だと思わざるを得ない。だから、狩猟採集の社会にならないが、大きく変わるはずだ。私有自動車がなくなるだろう。お肉は、週に一回以下しか食べられないだろう。(お肉には沢山のエネルギーが使われているからだ。)そのような変更は不要であれば、強いるべきではないのは明らかだ。だから、研究の成果を信じない人がそれに反対しても、批判するのはちょっと難しい。
そういっても、問題は本当な問題だと思うので、取り組むべきだと言いたいのだ。取り組むために、これからもうできる対策を全力で促進しながら、他の方法を見つけるための研究も促すべきだと思う。2020年までに、25〜40%削減を実現するだけではなく、2021年からの25〜40%の削減の方法も見つからないといけないからだ。同時に、気候の研究も進めるべきだ。より詳しく問題が分かったら、どうやって効率よく取り組めるか分かって行くからだ。
20年先のことをちゃんと考えてくれる政治家はいるのかな。

風邪と睡眠

Posted by チャート・デイビッド on November 25th, 2009

日曜日の風邪はまだまだだ。日曜日は、やはり結局家で休んだので、ちょっとましになったが、鼻は詰まっているし、疲れやすい。その結果、昨日8時台に寝てしまった。その報いとして、今朝4時ぐらい目覚めてしまった。ベッドのままで休んだが、ちゃんと眠れなかった。やはり風邪のせいだよね。今日の午後にレッスンは沢山あるので、頑張らなければならないが、レッスンが終わったら早めに寝ると思う。風邪がすぐに治るように。

移民と文化

Posted by チャート・デイビッド on November 24th, 2009

他国に移住すれば文化の問題が発生する。国によって文化が異なるので、移住すれば生まれ育ちの文化と異なる文化の中で生活することになるのは避けられないことだ。この現実とどうやって取り組むべきなのかという問題がある。
一つの意見は、移住する人が元の国の文化をそのまま保つべきだということがある。だから、移民がいる国が多文化社会になる義務があると述べる。私は、やはり賛成できない。別な国に移住すれば、自分の生活を変える予定で移るべきだ。食生活を始め、様々な日常的な点を保とうとすれば、段々大変な問題に積み重なる。費用が多く必要になるし、周りの環境がいつも生活に邪魔をするからだ。費用の問題は明らかだろう。日本で洋風のベーコンが食べたかったら、輸入品しかないので、値段は高い。チーズも同じだし、イギリス産のチーズはなかなか入手できない。(それは悲劇だと思うが、今日のトッピクと別な話題だ。)環境が邪魔になることは、日本人の普通の生活が円滑に進めるようにお店などが構えられたからだ。別な生活を送ろうとしたら、商品の位置などが不便になるのは当たり前だ。そして、移住を決めたのは、移民だ。行き先の国ではない。だから、変わる義務は、移民にあると私が思う。
一方、前の文化を完全に塗り潰すべきもない。どこの国でも、文化は完全に均一になったというわけはない。日本は多分世界的な立場から見たら特に気質な国だと言えるかもしれないが、東京の文化と大阪の文化が異なるのは常識だ。青森県の文化も考えたら、やはりある意味でもう多文化社会だ。そして、国の文化には輸入された要素は多い。イギリスなら、キリスト教は渡来した宗教だ。日本なら、仏教はそうだ。移民の文化が日本の文化と接して、新しい価値がある日本の文化を産む可能性は高いと私が思う。イギリスでカレーなどの食生活が移民の影響で大きく改善したと言えると思う。
だから、重要なのは、外国から来た人が新しい国(新国?)の文化に溶け込める措置だ。日本の場合、外国出身の歌舞伎役者や茶道の達人がびっくりするほどではなかったらいいと思う。日常的なレベルで、道を開いて、歩みやすくしたらいいと思う。鎖国せずに文化を守るのは、外国人に文化を開くことだと思う。今の顕著な例はアメリカの文化だ。外国人には解放されるが、世界中一番強い文化だとも言える。