私の生活、意見、日本語の練習

Archive for February, 2010

公務員になる

Posted by チャート・デイビッド on February 28th, 2010

昨日川崎市からの通知が届いた。私は第8期の川崎市外国人市民代表者会議の代表者の一人として選ばれたとの通知だった。良かった。
『代表者の就任に関する留意事項』による、任期になったら、私の身分は、「川崎市の非常勤職員(特別職に属する地方公務員)」だそうだから、日本の公務員になるようだ。イギリスでも公務員になるのは夢ではなかったので、ちょっとびっくりした。
では、4月から任期が始まるので、これから準備を始める。論じたいことを纏めたり、事前の検討そしたりするつもりだ。引っ越しはちょっと邪魔になるが、頑張る。
このブログで発表する意見は、私の個人的な意見で、川崎市外国人市民代表者会議の意見を代表しない場合は多いと思う。だから、誤解しないでください。

新たな在留管理制度

Posted by チャート・デイビッド on February 27th, 2010

去年の七月に入管法が採決されたが、昨日入国管理局のホームページで詳細な説明を見つけた。英語のブログで項目1の内容を詳しく紹介したが、このブログが読める方は、入国管理局のホームページも読めるので、ここでそうするつもりはない。その代わりに、感想が書きたいと思う。
去年の入管法は発表された時に、ビザの期間の延長を歓迎したが、入国管理局で変更手続きをすることが迷惑になるのではないかと心配した。だが、この説明を読んだら、問題はないようだ。まず、新しい在留カードは、ビザの取得と同時にその場で交付するようだ。現在の制度で、ビザを更新したら、すぐに市区町村の役所に行って外国人登録証明書の変更もして貰わなければならない。その手続きの必要性がなくなるようだ。そして、郵送やインターネットで入国管理局の手続きができるようになると言う。それも大歓迎だ。私の場合は別に問題にならないが、(最寄りの入国管理局は45分ぐらいがかかるところで、区役所とあまり変わらないからだ)離島に住んでいる外国人には、入国管理局まで行くのは大変だ。その上、住所変更の手続きは、相変わらず市区町村の役所で行うので、地元にできる。それだけではない。市区町村での手続きは、任意代理者だできるようになる予定だそうだ。
そして、旅券と新しい在留カードを持てば、日本から出国しても、一年間いない帰国すれば再入国許可が不要になるという。これも、在留者の手間をかなりカットすることだから、これも歓迎する。本当に無意味な手続きに見えたので、廃止する方針はいいと思う。
在留カードにはICチップが入るので、離れたところから読めるようになる。個人情報の保護に法務省に充分ご注意していただきたいのだ。そうすれば、実は在留カードに記載される個人情報は、現在の外国人登録証明書に記載される個人情報より少なく見えるので、プライバシーの面から見てもよくなったようだ。
今日本の在留者扱いが話題になったが、それは民主党の政策にたいする不満が多い。この変更は、去年の七月に採決した法案だから、自民党の政策だ。それでも、歓迎する。
ところで、この質問の答えをご覧ください。性別が変わったら、入国管理局に知らせる義務がある。確かに、日本人の配偶者等の在留資格を持ったら、関わるよね。

真由喜の言語

Posted by チャート・デイビッド on February 26th, 2010

親バカの記事はちょっと久しぶりなので、今日真由喜について書かせていただく。
昨日真由喜の大好きの『わたしのワンピース』という本を読んであげたが、真由喜が私と同時に台詞を言った。もちろん、それは読む証拠ではない。ただ何回も読んでもらって、暗記しただけだ。だが、文字を指で指して「これは何?」と訊いた。私が「それは『になった』だ」など答えたが、やはり読めないとはいえ、文字が言葉と繋がることに気づいたようだ。それは読書の第一歩だと言えるので、嬉しいことだった。
そして、別な話だが、真由喜の言語には独特な言い方が現れた。真由喜が何かを否定したい時に、文章の最後に「ビ」という。例えば、「もうご飯だよ」と言ったら、真由喜が「ご飯ビ」と答えて、遊び続ける。「パジャマを着るよ」と言ったら、「パジャマを着るビ」と答える場合もある。自分で発想した言い方だから、どこからきたか分からない。面白いと思う。
以上、今日の親バカだ。

相撲協会の人種差別

Posted by チャート・デイビッド on February 25th, 2010

新聞などによると、相撲協会が一部屋に一人の外国出身の力士しか認めまい方針を固まったそうだ。具体的に、外国人の力士が帰化しても、もう一人の外国出身の力士が入れないことは最近強調されたそうだ。
これは明らかに人種差別だ。入る前に帰化した力士も断れるはずなので、日本人同士で人種によって扱いが異なる。それは人種差別の定義だから、呼び方は避けられない。
その上、自損になる方針だと思う。サッカーを比較しよう。サッカーは、イギリスで発想され、イギリスの国技だとも言える。といっても、最高のプレミアー・リーグで、選手の大半は外国人だというのは常識だ。外国出身や外国系の人を加えたら、圧倒的に多くなる。ちょっと前に、あるチームのゲームで出場した選手の間に、イギリス人は誰も一人いなかった。話題になったし、外国人の選手に制限を置くべきだと主張する声も上がったが、理事会が無視した。なぜなら、世界中イギリスのプレミアー・リーグは一番儲かるスポーツ・リーグだし、イギリスでは他のスポーツより人気度が高いし、選手は広く憧れになるからだ。要するに、サッカーは強くて、外国から来る人は脅迫ではなく、貢献として見られる。
日本では、相撲に参加したい外国人を脅迫として扱い、人気度が減り、参加したい日本人が少なくなってきた。サッカーの隆盛的な状態と対照的だ。このような方針を維持する限り、衰退し続けると思わざるを得ない。

国際化に向き合う神社神道〜その一

Posted by チャート・デイビッド on February 24th, 2010

日曜日に國學院大學で開催されたシンポジウムに参加させていただいた。課題は、国際化と神社神道だった。発題者は、ハワイに鎮座する神社の宮司(二人)、アメリカ本土に鎮座する神社へ調査してきた学者、南米のパラグアイでの神社建立と関わる神職、そして神社本庁の広報部国際交流課に勤める方だった。シンポジウムが結局5時間になったので、粗筋にしてもすぐに伝えられないが、大まかに言えば、神社神道には国際化と取り組む方針はないと言えるようだ。個人的に取り組む神職もいるが、神社界の全体から見れば、何もないようだ。
最初の発題者の二人は、ハワイに鎮座する神社の宮司だった。先ず、ハワイ金刀比羅神社・ハワイ太宰府天満宮の瀧澤宮司だった。名古屋市生まれで、ハワイに宮司として渡ったのは、平成6年だったそうだ。瀧澤宮司によると、当時に神社には三世の日系人は少なかったし、年中行事は三つしかなかったそうだ。お正月と二回の例大祭に限られたそうだ。だから、瀧澤宮司が最初に勤めたのは、神社の存在感を増すことだったそうだ。神社の界隈は治安悪い地域だったそうだから、神社の代表者としてボランティア活動に参加して、神社があることに周りの人を目覚ませたそうだ。
そして、神社のイベントを増加した。日本の文化を紹介するイベントを想像して、実現したという。例えば、お正月の参拝でお雑煮を捧げることもあるし、11月には七五三の参拝を承るそうだが、貸出着物は無料だそうだ。着物を着ている可愛いハワイからの子供達の写真も見せた。そして、アメリカの学年の始まりに合わせて、8月に学業成就の祈祷を行うそうだ。
6月に夏越しの大祓をするが、茅の輪もある。(写真を見たら、現地の植物を使うように見えたが、形は日本でよく見る茅の輪と全く同じだった。)だが、同時にペット祓いも行う。ペットを祓ってもらうために来る人は多いそうだ。結局、イベントは毎月に一回ぐらいの頻度になったし、お正月の参拝客の人数が1994年の1000人程度から、一万人まで増えたそうだ。
やはり、一人ずつの発表になりそうだ。後日の記事で続ける。お楽しみに〜

真由喜と一緒の住宅ローン

Posted by チャート・デイビッド on February 23rd, 2010

昨日引っ越すための住宅ローンを組んだ。私もゆり子も行く必要があったので、勿論真由喜も一緒に行った。朝に三人に出かけたら、真由喜は大変嬉しそうだった。「今日つまらないことを沢山するよ」と戒めたが、影響はあまりなかった。まだ嬉しそうな子だった。
予測の通り、つまらないことは沢山あった。区役所から必要な書類をとることに意外に時間がかかったので、横浜にある銀行に着いた時は、もう2時半が過ぎたので、銀行が閉まる前に口座を作るために直接に行かなければならなかった。(住宅ローンを組んだら、銀行の当店での口座は必要だそうだ。私の持つ銀行口座の数は増える一方だ。)手続きが終わったのは、3時半だったが、お昼はまだ食べていなかったので、ローンの手続きの前にちょっと休憩して、軽食した。お腹がへったら、集中力も衰えるので、複雑な手続きと取り組む前に脳の力を蓄えたかった。
そうしてよかったと思った。なぜなら、ローンを組むことは、5時半までかかった。難しいとは言えないが、資料は多くて、印鑑を捺すことも大変多かった。集中しないとダメな状況だった。だが、担当者の説明は分かりやすかったので、ローンの構成が分かったと思う。35年間が経つ前に完済したいのだが、頑張る。
ところで、前に書いたと思うが、永住権を持たない外国人に住宅ローンが組めないとよく言われる。それにしても、少なくとも例外があるようだ。マンションの価値の8割しか借りられなかったが、その8割は、普通の35年間の低金利の住宅ローンの形で貸してもらった。妻が連帯保証人になったが、それはマンションは共有名義になるからだと思う。(共有名義で、ゆり子の許可抜きに担保として挙げられないからだと思う。ゆり子の収入は、正直に言えば、保証にならない。)
真由喜は一日中一緒にいたが、大変いい子にした。おとなしく遊んでくれたり、待ってくれたりした。びっくりするほどいい子だった。区役所でちょっとぐずったこともあったが、次のぐずりは、帰りのバスの中だった。もう限界になっていただろう。ただ、ローンの手続きの真最中に「もう帰る」と言った。「残念ながら、まだ帰れない」と言ったら、納得したので、問題にならなかったが、やはり真由喜にとってつまらなかった。帰ったら、イギリスのお母さんとのビデオチャットがあったが、真由喜はずっとカメラの前で(私の膝の上で)躍っていた。一日のつまらなさを吹っ飛ばすためだっただろう。
ところで、「ダンス教室に通わせるだろう」と言ったら、お母さんが頷いた。真由喜に向いている活動なのようだ。

さよならパーティ

Posted by チャート・デイビッド on February 22nd, 2010

昨日、第七期の川崎市外国人市民代表者会議が終わったので、会議の後でさよならパーティがあった。私は、会議を傍聴することはできなかったが、パーティの三分の一に参加できた。(昼間に國學院大學でのシンポジウムがあったが、シンポジウムについては後日に書くつもりだ。)パーティで代表者の皆様は勿論、前から会議と関わる方も参加した。食べ物はちょっと多かったので、私が遅れても食べられた。そして、代表者のちょっとした反省も聞いたし、遊びもあった。子供ではないのに。
皆様、二年間、本当にご苦労様でした。