私の生活、意見、日本語の練習

Archive for the '旅行' Category

入国手続き

Posted by チャート・デイビッド on August 26th, 2008

時差ボケなどでちょっと遅れてきたが、入国手続きについてちょっと書きたいと思う。ちょっと前に新しい制度について書いたが、再入国許可を得た駐在資格を持っている外国人も日本に入国するときに顔写真も指紋も登録されることになった。最初的に発表したとき一般の外国人と並ぶことになったようだったが、それは面倒になると訴える声は少なくなかった。なぜなら、短期滞在する人には質問などが必要だし、問題も発生するので、手続きには時間がかかるのに再入国許可を得た人なら手続きは速いはずだからだ。
だが、出国したときに案内書を貰って、再入国専用の窓口が設けられてうるようだった。実はそうだったし、再入国のための行列がちょっと長くなったとき二つの窓口を一般外国人から再入国専用から切り替えたので、早めに通れた。実は、帰国する日本人とほぼ同じ速さなのようだった。時間がかかったのは、指紋を記録することだけ。それは、機械はちょっと使いにくいし、使っている人(再入国する人)は、殆ど素人だからだろう。
要するに在日外国人の文句を聞いて、制度を変えてくれたようだから、感謝する。私はそんなに頻繁に海外旅行するわけはないので、事前に登録する必要はないと思う。

Ars Magicaの大会

Posted by チャート・デイビッド on August 24th, 2008

イギリスにいる最後の週末にArs Magicaの大会があった。実は、私がイギリスにいるうちに行うようにしてくれたので、参加しないわけにはいかなかった。幸い、如何に仕事だと行っても、Ars Magicaはまだ楽しいし、Ars Magicaのファンはいい人だから、とても楽しい週末だった。一つのポイントはArs Magicaを遊ぶことができたことだ。およそ三年ぶりだったので、久しぶりで大変楽しかった。普通の方法で三回遊べたし、演技するようないわゆるfreeformを一回できた。
普段は、テーブルの周りに座って、声でキャラクターの行動を描写するが、freeformでキャラクターとして手振り身振りもして、部屋などを歩き回る。残念ながら、魔法は実際に使えないのでフリーフォームのストーリーはちょっと普段のストーリーと違う。一方、主人公以外のキャラクターが一人に演じられている場合、数人の会談を演じるのは難しいが、フリーフォームでは簡単だから、ゲームの中の会議などはフリーフォームの設定には多い。今回の設定もそうだったが、発展は本当に面白くて予想外だったので、よかった。
自分が作り出す作品のファンと接する機会は大変いいと思う。やる気がちょっと下がったら、ファンと接すると勢いよく湧いてくる場合は多い。そして、新しいアイデアなどももらうので、帰ったらまた挑戦したくなる。残念ながら、日本にはArs Magicaのファンは少ないのでそういう機会は少ない。海外の大会にまた行けるのは、いつだろう。
ところで、時差ボケはまだまだ続いている。まだ午前三時半なのに、もう眠れなくなってしまった。毎日暗くなるまで頑張るが、起きる時間にはまだ変化はあまりない。もう少し頑張った方がいいだろうう。ただ、七時になったら、もう眠くて限界だ。

マンチェスター

Posted by チャート・デイビッド on August 23rd, 2008

私の出身地はイギリスの北の方のマンチェスターだ。大学に入学するまで同じ家に住んだが入学後母も引っ越したので、18年間にあまり戻ったことはなかった。11歳のころからの友達がまだマンチェスターに住んでいるし、彼に強く誘われたので、今回訪ねに行った。ゆり子も真由喜も一緒に行ったが、真由喜は覚えるはずはない。ゆり子に生まれ育ちのところを見せるのはよかったが。
着いたら、早速生まれた周辺に行った。あまり変わっていないようだった。レストランはそのままだったほどだったが、建物が低く見えた。やはり、東京地方の高層ビルに慣れてきたので、イギリスの都会の低層ビルが不思議に見えてきた。生まれた家を見に行って、それもほぼ同じだった。確かに前から見ただけだが、外見はそのままだった。唯一の目立つ変化は、前庭のばらは芝生に変わったことだった。そして、私の小学校を除いてみてから次の学校に行った。
イギリスでは、中学校と高校は殆どない。むしろ、4歳から11歳まで小学校に行って、そして11歳から16歳か18歳まで高校に通う。だから、MGSという学校は、七年間通っていた。本当にいい学校だったと思うが、卒業して以来初めての訪問だった。夏休みだったので、生徒はいなかったが先生方などとちょっと出会って話ができた。MGSがある程度変わってきた。基本の間取りはおなじだが、部屋の目的が変わった場合は多い。例えば、私の一年生の時の教室は、今先生の控え室になったようだ。
そして、2日間を過ごした。一日目、私が風邪をひいて寝込んでしまって。ゆり子と真由喜が近い歴史的な町と邸宅に行ったが、楽しかったようだ。2日目に、マンチェスター自体を見に行った。著しく変わってきた。都市の中心部を全体的に立て直されたと言っても過言ではない。びっくりしたが、私の少年のころより綺麗な都市になったと思う。
最後の日にまだマンチェスターに住んでいるおばさんのところに訪ねた。いとことも会って、いとこの子供も初めて出会った。いとこの子供たちは、金髪で大変可愛い。おばさんの子供も金髪だが、おばさんもおじさんも金髪ではないので、ちょっと不思議だ。
大変懐かしい旅行だったが、ゆり子も楽しんだと思う。真由喜も楽しく見えたが、真由喜の旅行について後で専用記事をかくつもりだ。

イギリスでの家族のイベント

Posted by チャート・デイビッド on August 22nd, 2008

イギリスの行くきっかけは、義妹の結婚式と母の旦那の75歳の誕生日だった。二つの祝いは近かったので、二つともに参加できた。真由喜の初海外旅行だったし、私も三年ぶりだったので、楽しみにした。イギリスへの飛行機でビジネスクラスにアップグレードしてもらったので、楽だった。真由喜も楽しく過ごして、数時間寝てくれた。
イギリスで、数日間のんびりして時差ぼけを脱出して、結婚式に行った。私は、いわゆる「groomsman」の役があったので、妹と一緒に参加した。式自体は無宗教の人間前の結婚式だったが、イギリスで入籍と挙式を必ず同時に行うので市役所の式場で執り行われた。新婦が白い衣装を着たが、それ以外の人が黒い服を着た。男性も女性もお揃いだったので、印象はよかったと思う。
披露宴に行くために伝統的のロンドンのバスに乗った。赤くて、元路線バスだったので、面白かった。披露宴自体は、パブで行われたが、それはちょっと合わなかったと思う。特に食事の配りは遅かったし、ゆり子が着物を着たが着替える場所は基本的になかったので不便だった。といっても参加してよかったと思う。それで、義姉妹の結婚式に参加できたのは全てになったので、義弟の結婚式と妹の結婚式を待つしかないだろう。
そして、 Rayの誕生日パーティーは楽しかった。レストランでの食事だったが、食べ物も美味しかったし、Rayの孫たちと話せたのでよく祝えたと思う。少なくとも、Rayが楽しんだと思う。
その上、「赤ちゃんは可愛いね」と言ってくれた人は多かったので、親の誇りには傷はなかった。実はイギリスでも真由喜は日常的に「可愛い」と言われているようだから、親バカがますますひどくなるはずだ。やばい。

生田緑地ばら苑

Posted by チャート・デイビッド on June 9th, 2008

昨日家族三人で生田緑地ばら苑に行ってきた。ばら苑で私たちの近所の友達と待ち合わせして、のんびりした。ばら苑は、春と秋のみ開けるので、昨日は最後の機会だった。幸い、天気予報はともかく、結局天気はよかった。真由喜も友達の赤ちゃんも芝生の上で楽しんだし、私たちが赤ちゃんと遊んだり、薔薇を見たりした。ゆり子によると、イギリスにいるようだった。私はちょっと違うと思ったが、確かに典型的な日本庭園と大きく異なった。
ばら苑は、旧向ヶ丘遊園地のなかだから、閉鎖された施設を通って辿った。丘の上だから、上り坂も階段も多かったが、苑自体から囲む木々しか見えない。川崎の中にある場所のように感じない。そして、庭は本当に洋風だ。環境の影響からイギリスの雰囲気は薄いと思うが、設計も飾り方も薔薇に相応しいと言える。屋台からお昼を買ったが、それはたこ焼きとか焼きそばなどだったので、食事は結構日本っぽかった。
友達の赤ちゃんがもうハイハイするが、真由喜が見学のみした。だが、私が支えたら、真由喜がかなりの距離を歩いた。積極的に自分の足を運んで前に進んだので、これは友達の赤ちゃんと同じぐらいだった。真由喜の歯は友達の赤ちゃんより生えたし。やはり、赤ちゃんには個人差は多いと思った。早さだけではなく、順番すら人によって違うようだ。真由喜は、まだ寝返りしないと言えるし。(横向けで寝ることは多いが、完全に寝返りするのは本当に珍しい。)だから、真由喜がハイハイする前に歩くのかなと思う。

諏訪

Posted by チャート・デイビッド on June 6th, 2008

旅行の後半は、諏訪だった。小淵沢に近いし、山に囲まれた湖で私の好みになるところだから、機会を使って行こうとした。到着は、月曜日のお昼ごろだったが、雨は降りそうだった。先ずホテルに行って、荷物を預けるつもりだったが、もうチェックインできた。タックシーが着いた途端、ホテルの人が出て、「部屋はもう用意されていますので、どうぞ」と言ってくれた。なぜか見た目で私はチャートなのが分かったようだ。日本にいる外国人の利点の一つだね。
ゆり子によると、ホテルは典型的な旅館だそうだ。鉄筋コンクリートの六階建てだが、六階には温泉もあるし、部屋はすべて和室だし、晩ご飯は和食で部屋に出るので、そうかもしれない。平日だったので、来客は少なかったし、お年寄りの人も多かった。だが、部屋からの眺めは良かった。湖の畔に建つホテルで、湖と丘の景色がよく見えた。
月曜日に諏訪大社の四分の一にお参りした。ご存知の通りだと思うが、諏訪大社には下社と上社があり、下社で秋宮と春宮、上社で本宮と前宮がある。お参りしたのは、下社の秋宮だった。全国に広まる信仰の本宮として、かなり立派な神社だが、特に有名なのは七年間に一回の御柱(おんばしら)祭りだ。神社には、本殿の境内の四隅に建つ20メートルほどの素朴な柱がある。この柱は、気の幹だ。山から伐採され、祭りで曳かれるそうだが、奇祭として有名だ。次回は2011年だそうだから、まだ見たことはない。ただ、祭りを紹介する本を神社で買ったので、分かるようになると思う。
そして、蕎麦のお昼を食べて、ホテルに戻った。目標は、雨が降り出す前に着くことだったが、叶った。晩ご飯は美味しかったが、なぜか真由喜は号泣だったので、交代しながら食べるしかなかった。そして、晩ご飯の一部分は、信州に有名な馬刺身だった。馬の肉を食べるのは初めてだったし、さらに生だった。だが、結構美味しかった。
私もゆり子も温泉に行ったが、真由喜の面倒はまた交代だった。お風呂は男女に分けられているが、朝には入り替えだから、私が夜にも朝にも見に行った。やはり、午後に女性が使えるお風呂の方がよかったので、男女差別だと思う。
さて、火曜日に雨だったので、荷物を駅に預けて、上諏訪に行った。グラスの美術館や工房を見たし、ゆり子が体験作成した。重みを作ったので、いいお土産になった。グラスのお店の真ん中に立った時に、つい「今大地震があったらどうしよう。グラスを避けるのは無理だし」と思ってしまった。幸い地震はなにもなかったが。
駅に戻るバスを待っていた間に湖の畔に立って、空を飛んでいる鷹を見た、雲がかかった丘の風景も楽しんだ。場所として気に入ったが、そういう場所に住めたらいいなと思った。そして、特急のあずさに乗って、川崎に帰った。

小淵沢での結婚式

Posted by チャート・デイビッド on June 5th, 2008

日曜日に参列した結婚式は、ゆり子の数年前からの友達の結婚式だった。式場は長野県にある「森の中の教会」だったし、披露宴会場はRisonareというホテルだった。披露宴会場の壁は、ガラスで作られ、外の木々は丸見えだったので、披露宴も森の中の感じだった。アットホームな気持ちで、楽しい結婚式だった。挙式中真由喜がちょっとうるさくなったので、私が式場を去って、慰めた。だが、ドアの窓から覗いて指輪交換などが見えたので、参加したような気がした。
そして、披露宴だった。食事はイタリア風で美味しかったし、参列者のスピーチも面白かった。ちょっと分からなかったところもあったが、大体分かったと思う。その上、花嫁がアイランドに留学したことがあるが、アイランドからの友達も参列したが、日本語は全くできない人だから、スピーチをしたときに私が通訳になった。一応できたが、能力が足りたかどうかはまだ心配だよね。
真由喜と一緒の結婚式は初めてだったが、やはりややこしくなる。おむつを替えるとか、真由喜が興奮して叫ぶことに対応するなどは、工夫が必要だ。初旅行だったので、(帰省は別とする)これからの旅行のための知識を貯めた。例えば、おむつ替えシートを持つなら助かることが分かった。専用のおむつ替え場所はないところは多いので、シートがあれば台がある限りできる。
真由喜が周りの人に邪魔にならなかったといいが、よく可愛がられたので、大丈夫かなと思った。