私の生活、意見、日本語の練習

Archive for the '本' Category

スッキリわかる日商簿記3級

Posted by チャート・デイビッド on August 25th, 2008

簿記の試験の教科書だ。読んだ理由は、青い申告にしたら、簿記の規則に従う必要があることだったので、興味深いとか面白いとか言わない。だが、役に立つと思う。説明は分かりやすいし、例も多いので、この本を見ながら来年の簿記をしたら、問題はないと思う。唯一の問題は、今使っているソフトは、漢字や仮名は出来ないので、手でしたほうがいいかどうか考えている。紙の帳簿なら、バックアップするのはちょっと大変だから、パソコンでしたいと思うが、英語なら税務署が平易に読めないだろう。そういうことになってしまったら、税務署の問題は私の問題になるので、ちょっと避けたいと思う。一方、帳簿を失ったら、それは深刻な申告の問題になるので、どうしようということで迷っている。新しいソフトを買ったらどうかなほど考えている。

諏訪大社の御柱と年中行事

Posted by チャート・デイビッド on July 26th, 2008

六月に諏訪大社にお参りした時にこの本を受けた。(授与所で受けたので、正式に「買った」とは言えないだろう。)本のタイトルは、内容を正しく伝えるが、御柱(おんばしら)のことを聞いたことがない人もいると思う。「神道」という言葉さえ分からない人がいるそうだから、より学問的な「御柱」を知らない人は多いだろう。
御柱というのは、七年目ごとに行われる諏訪大社の最大の祭だ。中核は、16本の大きな木を伐採して、山から諏訪大社の四つのお宮まで曳行して、建てることだ。その柱の直径は、1メートルほどだし、長さは16メートル程度だから、かなり大きなイベントになる。観光客が集まるようだから、聞いたことがある人はいなくはないと思う。それ以外、本が年中行事を説明して、歴史も現状も紹介する。
作家は、諏訪出身で諏訪大社のことを20年間研究された方だそうだが、本の章はもともと新聞などに連載したという。だから、同じ内容を繰り返すところはあるが、一方一章一章読んでも分かりやすい。御柱の盛大さはもちろん、他の年中行事も興味深かった。例えば、上社でお正月に蛙狩りの神事があるようだ。これはちょっと不思議で、どういう起源があっただろうと思わせる。そして、諏訪湖の結氷の亀裂から翌年の気候などを占う行事も興味深い。
気になった点は、国家や皇室と関わる行事は殆どないという事実だ。作家もそういうことを指摘する。諏訪大社は、古事記で登場するが、天孫降臨の先駆者に負けて、諏訪に逃げ去る神様だから、この信仰が大和朝廷との薄い関係を持っていたのは明らかだ。神道の入門などは、皇室を真ん中に据える傾向は強いが、そうではない神社も多いのではないかと私が思ってきた。確かに入門で全国の100万神社を一つ一つ紹介するわけにはいかないので、入門を書く人を批判するつもりはない。しかし、神道の一面に過ぎないと言えるのではないだろうか。だから、この本を読んで、本当に勉強になった。
そして、祭りを焦点にする本だから、神道の実践が浮き彫りになる。それも、重大な側面だと思う。
要するに、興味深くて勉強になった本だ。

正しい遺言と相続

Posted by チャート・デイビッド on July 13th, 2008

今読んだ本の話題は、人生の避けられないこと:死と税。楽しい本とは言えないが、勉強になった。一番勉強になったのは、イギリスで身につけて相続や贈与についての常識は、日本では誤りばかりだということだ。
なぜこの本を読むことにしたかというと、真由喜が生まれてきたし、それに不動産を所有しているので、遺言や相続について考えたほうがいいと思ったからだ。ゆり子には嫌な話のようだが、仕方がないと思う。死ぬつもりはないが、(永遠まで生き残るつもりだ)ある程度万が一のことの対策を備えたほうがいいと思う。
では、イギリスの非常識のことはなんだろう。一番ビックリしたのは、贈与税のことだ。(実は、ゆり子もビックリしたので、その話を聞いたことはない日本人もいるようだ。)イギリスで、生前贈与に税金が一切かからないのは常識だ。日本なら、暦年に110万円を越えたら、税金がかかるそうだ。このことと関連する驚くべきことは、生前贈与より相続のほうが節税的だということだ。イギリスでは、逆だ。だから、イギリスで死ぬ前の七年間の間に贈与されたら、見なし相続になるそうだ。日本では、三年間だが、日本で税金の還付になりそうな状態に対して、イギリスでは税金を課せる意味を持っている。
そして、法的相続人のことも驚かせた。イギリスでも遺言はない場合、法律上の相続者は指定されているのは言うまでもないが、税金の控除は法定相続者の人数によって定まれたことも、遺留分があることも、異なる。そして、親族以外な人に遺贈したら加算税がかかることも、イギリスと異なると思う。
最後に、遺言自体のことについてビックリしたことがあった。とくに、自筆証書遺言の場合、証人は不要であることだった。確かにこれは悪くないことだが、本当にビックリした。
やはり、外国に行ったら、様々な予想外の状況があるよね。

神道

Posted by チャート・デイビッド on July 8th, 2008

また「神道」という本を読んだ。今回、「日本史小百科」というシリーズの中の一巻だから、神道の歴史は主題だった。もう神道についての本を数冊読んだことがあるので、もう知っていたところは多かった。しかし、新しく知ったところも多かった。なぜなら、この本で神仏習合がある程度焦点になったからである。前に読んだ本は、仏教のことをちょっと避けたと言える。完全に避けたと言えないが、この本のほうが詳しい。
例えば、修験道についての章がある。読んだら、修験道の曖昧さがよく分かる。神道の神様は重大な役割を担うが、目標は仏教的だし、仏や菩薩との関係も強調されたようだ。神仏分離の時に、修験道の修験者が殆ど仏教に入ったようだ。一方、八幡信仰は、古代からの仏教色は濃かったようだが、分離の時に神道になった。実は、この本の説明に依れば、岩清水などの八幡神社は、修験道と同様に曖昧だった。石清水八幡宮は、建立されてから僧侶に管轄されたし、神事も仏教の教学に基づいたそうだ。その上、太古から八幡の呼称は「八幡大菩薩」だったので、仏教との密接な関係は明らかだ。熊野信仰も仏教と深く関わっていたようだが、八幡ほど本は詳しくない。
分離の時を考えたら、修験道は廃止されたが、八幡信仰は神道の柱になった。仏教色はほぼ同じだったら、何でだろう。それは、古代から八幡さまは応神天皇だという説があったからだろう。要するに天皇制度を支えるために、皇室の先祖を神道の枠に入れようとしたのではないか。修験道は、独立して皇室とは関係はあまりなかったので、明治政府には問題になりそうな存在だったと言えるかもしれない。では、これは私の推測に過ぎない。
ところで、三種神器についての章もあるが、記紀ではその三つの神器がはっきり現れないようだ。むしろ、鏡と剣は明らかだが、勾玉は後世の文献に三種神器に加えられたようだ。最初からあった可能性もあるが、重視されていないようだ。その上、章の最初に指摘したことは、よく考えたら、興味深い。即位の儀式に使われた剣は、本物ではない。伝説を信じても、本物は熱田神宮に鎮座される。鏡もずっと伊勢にある。そして、この状況は、古事記の時代から続いてきた事実だ。これを受けて、八世紀に依然の神話を大和朝廷の歴史と結び付こうとしたのではないかと思わざるを得ない。
この本を読んで、益々感じたのは、「本物の神道」というのは、無理だ。現在の神道は偽物ではないが、歴史はそんなに深くはない。というより、断絶しなかった流れが少なくとも八世紀まで遡るが、現状は源泉の状況と大きく異なる。だが、歴史の瞬間を選んで、「これは本物だ」と定めることは出来ないだろう。始祖があったら、始祖の時代を本物として捉えられるかもしれないが、それさえ疑わしい。始祖のない神道の場合、一番古い神道イコール本物という基礎は全くないのではないか。そして、江戸時代の神仏習合の神道を本物として挙げる傾向もあるが、それも拠点はないだろう。時代の転回と一緒に神道の展開が続いたので、思想も実践も偽物の範疇に無理矢理いれて排除するのは、無理だと私が思う。

個人事業

Posted by チャート・デイビッド on June 14th, 2008

今読んだ本は、個人事業の手続きや税金に関することを説明する本だ。確かにもう数年間個人事業を行ったが、何か問題はないかを確認したかったし、詳しいところで節約できるかなと思った。この本は、「らくらく」と書いてあるが、結構分かりにくいところもあった。特に青色申告のための複式簿記の説明は足りなかった。使ったら控除が六倍になるそうだから、使ってみたいが、説明はやはり必要だ。簿記の教科書も買う必要があるかな。
さて、読んだら、幸い大きな問題はないようだ。税金の方法は基本的には正しくしたようだし、大きな怠ったこともないようだ。といっても、税務署にいって相談することになると思う。印紙税が契約にかかるかどうか(インターネットのパンフレットを見たら、かからないようだが、確認したい)、どうやって外貨で受け取る売上を簿記するか、必要の本の経費は何の項目に当てはまるかなどの質問がある。
もう一度感じたのは、日本の制度は一体化されていないことだ。イギリスなら、開業の届出は一部のみだ。税務署に提出したら、自動的に他の機関に知らされる。日本なら、一つ一つ提出する必要がある。ちゃんとしたかどうかも、もう一度確認したいのだが、国税も地方税も年金もちゃんと納めたので、提出したはずだ。
こういう個人事業の手続きを簡易にしたほうがいいと思う。税金と同じく、正しくしたい人が簡単に正しくできるのは大事だが、経済の活発のために個人が比較的に簡単に開業できるのもポイントだ。だが、今は今の規則に従うしかないので、税務署に行ってくる。

住吉大社

Posted by チャート・デイビッド on June 1st, 2008

日本の古社というシリーズを読みつづけて、住吉大社の巻になった。いつもの通りいい紹介になったし、写真は綺麗だ。本によると、住吉大社は元々海岸に建っていたが、時代が下がると、そして開発や埋め立てでもう数キロで海から離れているそうだ。航海の神様にとっては、ちょっと残念に思うだろう。京都の賀茂社のように、境内は大都会のなかにあるので、雰囲気は都市のようにみえるが、祭りは面白そうだ。特に田植え祭りを見てみたいと思う。無形民族文化祭として国に指定されているようだし、昔ながらの形を保って、楽しそうに行われているようだ。
ある意味で考えたら、神社は場所より祭場だと言えるだろう。つまり誰もいない時の神社は、眠っていると言ってもいいかもしれない。祭典のけいひつや太鼓は、神様を起こすためだし、普通の参拝をしても鈴を鳴らすのは一般てきだし、神様も眠っているだろう。だが、祭りで賑わう神社は、その近所の人と崇敬者の集まりで、それに加えて単なる見物のためにお参りした人も集まるし、人間の間の絆が強まるし、人間と環境との共存も感じられるだろう。
神社は、神様が宿るところより、人間と神様が接するところだと思う。元々祭祀以外の時に神様はいなかったと信じられたようだから、今もその面影が残っていると言ってもいいだろう。

近世の形成

Posted by チャート・デイビッド on May 24th, 2008

日本史講座の第5巻を読んだ。いわゆる戦国時代と織豊時代をカバーする本だが、あのころの社会的な変転は著しかったのはよく感じた。(ところで、織豊の省略の読み方はなんだろう。辞書に入っていないが、オトヨかショクホウかそれ以外の特別な読み方かわからない。)戦争はおろか、ヨーロッパとの初接触、秩序の形成、生産の改革、宗教の変貌も同時に伴ったようだ。よく考えたらこれは驚くべきではないだろう。社会が変化すれば、あらゆる面で変化が可能になるだろう。関わっていた変化も少なくなかったようだし。
こういう時代について読めば、長く続けてきた慣習が余儀なく変化されたことは顕著だ。変化を妨げようとした人を今から見れば、知恵が欠いていたように見えるだろう。時代の流れを理解しなくて、影響力などをすぐに失った人は多かったようだ。確かに人の立場によってそれは異なる。例えば、毛利氏から見たら、信長や秀吉の台頭を防ぐのは可能だったろう。しかし一般の町民か(といっても、町民そのものは近世の存在だったと言えるようだが)、寺院か、下級大名かさえ時代の流れに背くのは無駄だった。
それを現代に比喩すれば、適切な態度は何だろうと思ってくる。何も挑戦しないと、日本の近世の初頭のように厳しい階級社会が生まれる可能性もあるし、最悪戦国時代に陥る可能性もあるので、ただ時代の流れをそのまま受け取るべきわけはない。といっても、現代の著しい技術の進歩や変化のなかで、昔のままを讃える意味はない。変化が来るのは確かだが、どういう変化になるかに、まだ一般人にでも影響が与えられるだろう。
戦国時代の最後に、結局武士が指導力を握ってきたが、地方の一揆がちょっと異なる道を歩んだら、より平等で民主的な社会が生まれただろう。今日の社会の行方をちゃんと考えたほうがいいのではないかと私が思う。
さて、これからしばらくの間このシリーズを休むことにした。もう少し日常生活と関わる本を読むことにしたが、神道の読書を止めたくないので、これから数ヶ月歴史の本を置く。近世の初頭で日本史を切るのは適切なのではないか。