私の生活、意見、日本語の練習

Archive for the '結婚式' Category

スタジオ写真

Posted by チャート・デイビッド on October 21st, 2006

結婚式のスタジオ写真がいよいよ届いた。嬉しいなと思う。七枚があるが、三枚はツーショットで、三枚は家族と一緒、一枚は集合写真。全ては良い写真だと思う。特に洋服のツーショットで二人の笑顔は現実より綺麗に写られている。
家族との写真だが、私と私の親族、ゆり子とゆり子の親族、そして二人と両家の写真だ。ずっとこれから記念として大切にすると思う。

披露宴後半

Posted by チャート・デイビッド on October 13th, 2006

私の着替えにはあまり時間がかからなかった。洋服だったので、もう慣れているからだろう。一方、ゆり子は、髪型もちょっと直してもらったり、着物から別にシンプルではないウェディングドレスに着替えたりしたので、数十分がかかったようだった。会場で食べたりビデオコメントをしたりしたようだが、メッセージをまだ見ていない。DVDを楽しみにしている。
再入場の時、音楽は妹のシルバーが作ってくれた音楽だった。本当に素敵な曲だったが、扉からテーブルまで歩くには長すぎた。だから、ほとんどの人が最後まで聞こえなかったので、残念だった。
後半は洋風にした。だから、ファーストダンスをした。これは、特にアメリカで大人気な習慣で、皆様の前で新郎と新婦が踊るということだ。この曲もシルバーにつくってもらった。私が二人で二分ぐらい踊ったら、両親を誘って一緒に踊った。私がゆり子の御両親を誘って、ゆり子が私の両親を。その前ゆり子の御両親、特にゆり子のお父さんはちょっと緊張したようだが、結局成功だった。「素敵」や「可愛い」とよく言ってもらった。
それから、食べる機会があった。人が沢山写真を撮るために来たが、合間を縫ってちょっと食べられた。さすが八芳園、食事は大変美味しかった。もう少し楽しめなかったのは、残念だ。写真を撮られてから、テーブル回りの場だった。
テーブルを六つしかなかったのに、一つひとつには時間はなかった。挨拶して、集合写真を撮ってもらって、次のテーブルへ移るという感じだった。少なくとも、皆様と挨拶できたので、それはよかった。(この時のBGMも、シルバーが作ってくれた音楽だった。本当に感謝を上げている。)
そして、スピーチの時になった。スピーチ無しの披露宴はあり得ないが、ちょっと洋風にした。
まず、けいこさんという友達からのビデオレターが上映された。けいこさんは、(名前の漢字がわからないが)イギリスで出逢った方だ。私は、英語日本語交換をするための相手として出逢ったが、ゆり子にとっては英語学校の同級生だった。だから、ある日私たちを紹介してくれた。レターによると、あの時にもけいこさんがゆり子に「デイビッドにはゆり子のことが気に入ったのではないか」と言ったが、ゆり子が「そんなことはないでしょう」と答えたそうだ。けいこさんが当たったけれども。日本語で発表してから、同じ内容を英語で発表してくれたので、皆様は分かったはずだ。けいこさんは今上海にいるので、最後に中国風の花火で祝ってくれた。ありがとう、けいこさん。
そして、両親のスピーチだった。イギリスなら、新婦のお父さんのスピーチは必要不可欠だが、日本にはああいう習慣はないようだ。それをよそに、私たちの披露宴の洋風の所に入れた。結局、とてもいいスピーチだった。ゆり子のお父さんらしい。それから、私の母のスピーチだった。これは、実はイギリスの習慣ではないが、バランスのために入れた。また、とてもいいスピーチだった。内容を紹介することは恥ずかしいので、何も言わない。
新婦から両親への手紙は、日本の習慣だそうだから、それもした。ゆり子が感動的な手紙を読んでから、一緒に両親の所まで歩いて、手紙と詩(私が両親のために詩を詠んだから)を渡した。
最後に、私のスピーチだった。悪くなかったと言ってもらったので、済めたようだ。
退場してから、挨拶するために並んだ。小さいありがとうお菓子を配ったが、面白いことに外国人が直接箱から取ろうとした。日本人がゆり子の手から貰うことを待った。やはり、新しい習慣と遭ったら、どうすればいいかと分からないね。
皆様と一言するつもりだったが、ゆり子とゆり子の従兄がIKEAという家具の店の話しを始めた。私が「あっ,IKEAの話しになった。まもなくチャングムの話しになってしまうはずだ。」早速、従兄が「あれ、チャングムが好きですか?私たちも大好きです。」と言った。しまったな。
それから、着替えて、清算して、ゆり子の御両親とちょっとお茶などをのんでから、タクシーで帰った。長い一日になったが、大変楽しかった。ゆり子も、「もう一度やりたいな、デイビッドと」と言った。私にも、そういう気持ちがある。残念ながら、無理だよね。結婚式は、一回しかできないことだよね。

披露宴前半

Posted by チャート・デイビッド on October 12th, 2006

久しぶりに、結婚式レポートに戻ろう。今日寝不足で疲れたので、前半しか紹介できないと思う。
来客の皆様が座ったら、司会者が私たちの入場を知らせてから、扉を開けてもらって入場した。何も見えなかった。なぜなら、スポットが私たちの方へ向かっていたので眩しくて見えなかったからだ。その眩しい暗闇を抜いて私たちのメーンテーブルに無事に着いた。
そして、司会者が私たちを紹介した。披露宴の都合の上、日本語でも英語でも紹介してくれたので、内容をなるべく圧縮したのに時間がかかった。
前半には、私もゆり子も和装だったので、和風な披露宴を行った。だから、最初のスピーチは、私の上司、Atlas Gamesの社長のJohn Nephewさん、がしてくれた。スピーチで、如何に体験の前に情報を集めても、現実が違うことを主張した。例として挙げたことは、子供のころから見た映画をよそに、東京には巨大な火を吹くトカゲは一匹もいないことだった。確かに、私もまだ見たことはないが、あまり池袋の方に行ったことはないので、あそこにいるだろう。主題は、結婚生活は想像よりいいことだということだったので、本当にその通りだと思う。
それから、確か鏡開きだった。ケーキより鏡開きにしたが、楽しかった。計画は、三回目の「よいしょ」で、槌で樽の蓋を開く(結婚式で「割る」などの言霊が合わないようだが)ことだったが、蓋は推測より丈夫だった。一回強く叩いたが、あまり影響はなかった。だから、もう数回繰り返して叩いて、いよいよ開いた。そして、私たちが樽からお酒をとって、木から作られたコップに入れた。(コップの正式な名前を忘れてしまったのだが。)
乾杯のスピーチは、ゆり子の上司にしてもらった。スピーチで、ゆり子がイギリスに行ったとき、上司がゆり子がイギリスで変な男に騙されたらどうなるか心配したと言ったが、幸い問題はなかったとも言ってくれた。
それから、色打掛けの紹介をしてもらって、食べ物が表れた途端もう退場時間になってしまった。私がちょっと食べたが、あまり時間はなかった。退場して、色直しに向かった。それは、今度紹介したいと思う。

披露宴まで

Posted by チャート・デイビッド on October 7th, 2006

今日母とレーがゆり子の御両親との旅行から家に帰るので、書く時間はちょっと限られている。だから、披露宴がちゃんと始まるまでのできごとを発表したいと思う。
八芳園に戻ったとたん、ゆり子と一緒に美容室まで向かった。ゆり子が白無垢から色打掛けに着替えるために急がなければならなかったので、皆様を置いて上に行った。
ゆり子が白無垢と一緒に鬘とかんざしをかぶったが、綿帽子をかぶったので、なにも見えなかった。だから、八芳園に戻ったら、綿帽子を外して、鬘などをちょっと直して貰ってから、一緒にまた写真を撮ってもらった。来客も数人があの所の周辺にいたので、その人にも見せた。
それからゆり子が一人で美容室に入って、髪型を直してもらったり、色打掛けに着替えさせてもらったりしたが、私には用事はなかった。だから、控え室に行って、話した。日本語ができない人がちょっと送れたので、ちょっと心配したが、結局皆様が着いたのでちょっと会話ができた。そして、ゆり子の準備ができたら、またスタジオでツーショットを撮ってもらった。色直しする次第写真を撮ってもらうプランだった。しないと、ちょっともったいないと思った。
神社からちょっと予定より早めに着いたので、集合写真の前に余裕があった。だから、一緒に控え室に入って、写真をたくさん撮った貰った。(写真をたくさん撮ってもらったということは、一日中の共通点だった。芸能人の気持ちがちょっとだけ分かるようになった。)ちょっとだけ挨拶できたが、間もなく集合写真の時間になってしまった。
残念ながら、雨が降っていたので、庭で写真を撮って貰えなかった。だから、八芳園の広いスタジオで撮ってもらった。親戚だけではなく、来客が皆様入ってくれたので、嬉しかった。一人も目をつぶらないような写真があるといいなと思う。十枚ぐらい撮ってもらったので、可能性はなくはないと思う。
集合写真が無事に終わったら、披露宴会場に進んで、お迎えした。屏風の前に立って、入っている皆様に挨拶するつもりだったが、またフォトオップ(写真機会)になってしまって、時間がかかった。皆様が入ったら、私たちをただ入場を待つしかなかった。
では、後日続ける。母とレーが一緒に三泊泊まってくれるので、長い記事を書く余裕はないかもしれない。出来れば、ちょっとずつ発表する。

結婚式レポート

Posted by チャート・デイビッド on October 6th, 2006

日曜日に結婚式と披露宴を執り行った。この記事で、式が終わるまでの経緯を語りたいと思う。後日に披露宴のことを発表するつもりだ。
式は午後一時に始まったが、やはり早起きの日になった。午前5時45分に起きて、シャワーを浴びて、朝ごはんを食べて、一緒に出かけた。が、二子玉川駅で一時に別れた。なぜなら、ゆり子が直接八芳園に行かなければならなかったが、私は澤の屋に家族を迎えに行かなくてはならなかったからだ。ゆり子の化粧と衣裳には時間が非常にかかったが、私の方は早かった。では、家族の皆を無事に連れて行ったら、ちょっと余裕があったので、コンビニまで足を伸ばして、カロリーメートを買った。それは、式が終わったら食べるためだった。朝食も早かったし、披露宴のご馳走は午後4時15分からだし、その前にちょっと食べないと大変にならないかと思った。
そして、美容室に行って、羽織と袴に着変えた。花火大会を見に行くために浴衣を着たことがあったが、ちゃんとした着物は初体験だった。やはり、当初にはちょっときつかったが、時間が経つと私が慣れてきた。ゆり子は白無垢で、私の家族も着物を着た。そして、スタジオ写真を撮ってもらった。ツーショット、新郎と新郎親族、新譜と新譜親族、両家の写真を撮ってもらったので、見るのを楽しみにしている。私が驚いたが、大体予定の通りに八芳園を出発した。私とゆり子、介沿さんと一緒に、ハイヤーで向かったが、家族が中型バスに乗って行った。バスは貸切りだったというまでもないだろう。
式は神前式で、文京区の湯島天神で執り行っていただいた。12時過ぎた時に着いたので、式の前に時間があった。スナップ写真を撮る人が神社で出会って、ちょっと境内で写真を撮るために本殿の後ろまで導いた。境内で近所のスカウトさんたちがバザーを開いていたので、人がたくさんあった。そして、皆さんが拍手してくれて、「おめでとう」と呼んでくれた。嬉しかったな。やはり、知らない人も写真を撮った。私の家族も一緒にいたので、着物外人行列で面白く見えただろう。
写真が終わったら、用意してくれた控え室に入った。そこで、誓詞に月日と自分の名前を記入して、神社の婚礼手帳にも名前を入れた。そして、挨拶と写真。参列してくれる人の大部分が神社で集まったので、挨拶の機会が会った。ゆり子の方が圧倒的に多かったし、私には見たこともない人も多かった。実は、ゆり子にも見たことはない親戚が一、二人いたようだが、私なら半分ぐらいは初対面だった。一方、ヤマサの時代からの恩師の中根先生と御令嬢達が来て下さったので、挨拶できた。(御令嬢はちょっと硬すぎるかな。席次表と同じなのだが。)
挨拶が終わったら、写真はまだ途中だったが、式の始まる時間が来たので、参進のために並べた。神主さん一人と巫女さん二人が案内してくれた。巫女さんが冠のような物をかぶっていて、素敵に見えた。羽織も特別な柄があったような気がしている。湯島天神で、社務所や控え室の建物は本殿と橋で繋がれているので、進行が橋を渡って拝殿に入るルートを通った。橋の手前に手水舎があるので、橋に乗る前に体を清めた。そして、私とゆり子が橋の真ん中に進んで、他の人を待った。橋の上に立つと、境内にいる人の視線に晒されるので、また写真を撮られて、「おめでとう」と言われた。
いよいよ、拝殿に入場した。入口で一旦止まって、一礼をして、中に入った。私たちが真ん中の席に座ったので、参列者の座りを見えなかった。湯島天神の拝殿は立派で厳かな雰囲気がある場所だ。桧の白木に作られて、装飾も壮麗だ。最初の儀式は、お祓いだった。お祓いがおわったら、また一礼した。それから、祭主が祝詞を奏上した。
次は、私たちの番だった。まず、三三九度の儀だった。この儀式の詳細が神社によって違うようだが、湯島天神で巫女二人が赤い三方に載った盃を三枚とぴかぴかな金色な、えっ、何という、お酒を注ぐための道具を拝殿の真ん中の席まで持つ。そして、一人が一番上の盃を足でとって、新郎に渡す。もう一人の巫女が二回注ぐふりしてから、三回目に酒を入れる。そして、新郎が三回飲むこと。
ただ、私が失敗してしまった。練習も詳しい説明もなかったので、一回しか飲まなかった。だから、三三九度より、私のほうが一一三度になってしまった。情けないな。では、これから私ならではの作法といえよう。
さて、飲んだら、新郎が盃を巫女に渡してから、巫女が新婦に渡す。巫女にまた同様にお酒を入れてもらって、新婦も三回飲む。(ゆり子が正しくやった。)盃の二枚目はほぼ同じが、もう少し大きいし、まず新婦に渡される。三枚目は一番大きいが、新郎から始まる。盃は赤くて金色の「寿」という字が書いてあった。
次は、私たちが奥に進んで、本殿の扉の直前で儀式を行った。まず、誓詞奏上をした。控え室で記入した誓詞の紙を持って、一緒に読み上げた。私の声は小さかったと言われたが、他の人がミスを聞かないようにそうした。ゆり子が隣に立ったので、ちゃんと聞こえた。ミスも聞こえてしまったが、しかたがない。誓詞を読んだら、玉ぐしほうてんという儀式になった。玉ぐしは、榊の小枝にしでを結ばれたものだし、神道に正式参拝には必要不可欠な祭具だ。玉ぐしを案の上に載せたら、いつもの二礼二拍手一礼を行って、真ん中の席に戻った。
皆様の目の前で、指輪交換の儀を行った。今回間違いなくちゃんとゆり子の指輪を取って、指に付けた。ゆり子も私に指輪を付けた。私にとって、初指輪だから、まだ慣れていない。まだ「指に何かが付いているな」とつい思って、そして「うん、勿論。結婚指輪だ。」と思い出す。どのぐらいがかかるかな。指輪交換の儀の間に生演奏の雅楽が流れたような気がしているが、なかったかもしれない。他の時に(三三九度など)あったことは間違いないけれども。
それで、私たちの番が終わった。次は、巫女がいわゆる豊栄の舞を舞った。これも上品で厳かだった。それから、親族固めの盃の儀だった。親族だけではなく、友達もいてくれたので、人は多かった。そして、若い子供もいた。デイビッドという友達によると、二歳未満のジョンがお酒を早速取って飲んだが、いやな顔をしてまた吐こうとしたそうだ。それは、私たちの後ろだったので、見えなかった。写真があるかもしれないが。
最後に、また一礼をして、退下した。拝殿を出ると、早速またハイヤーなどに乗って八芳園に向かった。ハイヤーの中で軽食を食べた。やはり、買ってよかった。式はとても印象的で、想い出が一生残るはずな体験だった。湯島天神の皆様、ありがとうございます。
では、披露宴のことを後で発表する。

披露宴の写真

Posted by チャート・デイビッド on October 4th, 2006

ゆり子の友達のその江さんが披露宴で写真を撮って、陽だまり色のしおりというブログで貼った。ぜひ見てください。写真が綺麗に撮られたと思うが、さすがプロ。ただ、二番目の写真は、私の顔はちょっと迫ってくる車を見ている鹿のように見える。(英語の諺だが、日本語の相当する諺を教えてくれる人がいれば、嬉しい。)本当にそういう気持ちはなかったが、写真は確かに多かった。他の写真はいいと思う。
ありがとう、その江さん。

結婚式無事に終わった

Posted by チャート・デイビッド on October 1st, 2006

結婚式は本当に素晴らしかった。たくさん書きたいのだが、今遅くなってしまったし、明日家族と一緒に過ごすつもりだから、火曜日か水曜日になるかもしれない。だが、なるべく書こうとする。
楽しみにしてね。