2004年11月30日
早い日記の理由は、書きたいことがあるということだ。昨日、美少女戦士セーラームーン・スペシャルアクトというDVDが届いてきた。見てから、ちょっとインターネットでの相談所を見たいと思い、見に行った。そこで、「私は見たが、そんなによくないと思うよ。」との意見を読んだ。私にとって、北川景子さんの出演が大変足りなかったのに、DVDは面白かったと思ったので、私は賛成できなかった。が、人の意見はそれぞれに違うから、それは変だと思えなかった。
でも、返事の中で、大部分はこの形になってしまった。「私はまだ見ていないが、やはり悪い。思った通り、私の大好きな番組を勝手に損なった。大変だ。」それに、先週、私の本が出版された時に、まったく同じ意見が出てきた。「まだ読んでいない、否、まだ本を見もしていないが、やはりダメだ。ゲームは大変悪くなったはずだ。」私の本の場合は、不思議なことに、読んだことがある人は皆本を誉められていた。この二つの場合は、例外とは言えない。実は、このような反応は、普通の反応だ。つまり、ファンと言う人は、新しい物を非難しがちである。
この事実は、ちょっと予想に当たらないかもしれない。ファンは、いつも気に入れたことを誉めると思われないだろうか。ところが、一番鋭い非難は、ファンが言った非難である。確かに、ファンがファンがそういう態度で新しい物を受け取るとは言えない。しかも、ときどき新しく創った物は本当に悪いし、良く分かるファン達がすぐ気づく場合もある。しかし、何を創っても、同じ反応が出てくる。創った人に傷を与える可能性が低いとは言えない。実は、今回私は傷を受けなかった。どうしてかというと、何回も本を創り、このような反応を受けた経験があり、いよいよ慣れて来たからである。いつも応援している人もいるし、実感が経ち、創った本は全部受け取られた。そう言っても、初めて経験した、本当に傷を受けた。どうして私が努力で創った本を、内容にもかかわらず、噂だけを基にして、そういう風に鋭く非難しているかと、さっぱりわからなかった。
今、ちょっと分かるようになった気がしている。基本的な理由は、ファンは大好きなことを、自分のこととして考えるようになることだと思う。TRPGと言えば、これは本当に驚かせることでもない。本を使い、毎週自分の世界や話を創造した人は、無論そのゲームは自分のゲームとして考えている。でも、TRPGに限らず、テレビ番組、映画、本、歌手やタレント自体といったファンがあることも、ファンのものとして考えられるようになるようだ。だから、人間の心理にもっと深刻な理由もあるはずだ。この理由がよく分からないが、結果がよく見える。
この立場から、ファンの態度がわかるのではないだろうか。ファンにとって、自分の物は、勝手に他の人によって無理矢理変えられてしまったように見える。好きではない変化が起こった可能性も高いし、当人のファンの意見をよそに変化をしたから、好きな変化であっても、偶然だ。だから、恐怖のあまり、問題の噂でさえ、非難を出すことになる。本物を見てから、非難を取り消す場合も少なくないと思うので、最初の意見は固定とは言えない。残念ながら、言った意見を取り消したくないが故、ずっと前に大好きなものを楽しめないようになってしまうファンもいるようである。
作家、または歌手、俳優、画家、にとって、しかたがないと思う。ただ、この反応を無視し、数週間後の安定になった意見に気がした方がいいように見える。でも、なんといっても、創造した人として、辛い経験である。
特別な日記を書いたから、金曜日に普通の日記を書くかどうか分からない。今週の面白さによって決めたいと思う。