日本日記

2005年1月15日

今週日記を書くのは、ちょっと問題になってしまった。なぜなら、面白しく書ける出来事は無かったからである。普通の学校に通ったり、本を読んだり、仕事をしたり、テレビを見たりした1週間だった。悪い経験とは言えないのだが、第三者にすれば、興味はないと思うのである。

実は、時々どうして人がこのページを読むかと分からなくなる。確かに、人も理由もそれぞれだが、先週の日記はもう25回読まれた。これから、興味がある人がいるということが分かる。でも、ちょっと読んでくれる人に対して責任があるような気がするしかない。だから、今週のようなつまらない週間が起こると、不安になり、どうやっていい日記を書くかなと悩んでいる。やはり、馬鹿な考え方だが、しかたがない。

私の意見を書いたらいいと思うのだが、日本語で上手く説明できないと思う。確かに、「「みんな昔は子供だった」と言う番組の主人公の女の人はトテモきれいだ」とかの意見を表現できる。しかし、もっと深い意味がある意見を言葉で伝えるのは、まだ難しい。

例えば、最近終わった「夫婦」という番組を見た後、話の構成について考えた。終わりはよかったが、悲しみの味もうあった。夫婦は、まだ離れていたから。でも、主人も夫人も自分のことも相手の事も深く分かるようになり、お互いの愛をちゃんと表せるようになった。同じように、去年の「僕と彼女と彼女の生きる道」の終わりは一概に悲しいとは言えなかった。お父さんは娘の事を愛するようになり、人生をやり直したが、結局娘はお母さんと一緒に離れていた所に住むことになった。このような終わり方がいいと思うが、どうしてそう思うかと日本語で上手く説明できない。なんとなく、悲しみの味は、上達の良さをはっきり目立てるような理由なのである。何と言ったらいいかと分からないが、主人公の幸せは、状況が自分の夢を叶えてくれたからのではなくて、主人公自分自身精神的によくなったからである。私が見た限り、幸せになるため、そのような変化が必要ある。

でも、この説明はわかり憎いと思うのに、どうしてもはっきり説明できない。(分かりんにくいというよりも、文字通り思っていない。が、本当の意見が説明できない。)更に、番組の構成についての意見は、意見なりに、説明しやすい。政治とか、社会問題などについても違憲があるが、絶対説明できない。その上、正直、悪いが、日本のニュースをよく見ていないから、イギリスや世界の出来事について意見があるが、日本の近代問題について詳しくない。

では、これから頑張ったら、意見が表現できるようになるかもしれない。だから、頑張って勉強するより方法はない。