日本日記

2006年02月14日

この2週間に、仕事がちょっとうまく進んだと思う。前回述べた編集の仕事の問題は解かれたし、作家の仕事も進んだ。が、作家の仕事はまで壁を乗り越えさせた。本の第一部分を完全に書いた後、第二部分を始めた。残念ながら、2、3日間後、書いていた構成はよくなかったと分かってきた。単なる塵ではなかったが、お金を誘うほどの実質を持っていなかった。だから、週末にちょっと考え直した。昨日新しい計画の通り書き始め、今までの進歩がよく見える。ただ、時間も書いた言葉も失い、締め切りが大変厳しくなってしまった。迫られている気分だ。

そう言っても、今日大変短い日記を書くつもりはない。なぜなら、書きたい課題があるからだ。最近、皇室の後継者の問題が話題になった。イギリスの王室といえば、女王はもちろん、女系の女王も全く問題はないので、当然ながら日本でもそういう制度になってもよいのではないかと思う。実は、日本で提唱された議案はイギリスの法律より平等なのようだ。イギリスでは、国王の後継者は国王の子供の間から選ばれているのだが、男性が一人さえいれば、女性は後継者にならないのである。日本の提議により、最初の子供、男女を問わず後継者になるそうだ。私の立場から見れば、これは当然な制度なのように見える。でも、日本には抵抗感を持っている人は多いようだ。確かに、日本人の大半は女性天皇に全然反対していないが、みんながみんなは賛成だとは言えない。だから、反対する理由をちょっと検討したいと思う。

まず、男女差別に基づいた反論を支える人がいるはずだ。公的に言った理由はそういう偏見と関係はないので、そういう態度を無視する。単なる差別を持っている人はないかもしれない。たぶん、女性が男性を劣ると思う人すら別な理由のほうが大事だと判断するだろう。そして、女性は男性と等しいと思うのに、女系天皇は認めるべきはないと判断する人もいるはずだ。男女差別を許せないが、別な理由が説得力を持つかもしれない。確かに、いかに男性と女性は平等であっても、違いがある。

では、理由を掲げよう。まず、女性天皇に反対する人は非常に少ないようだ。それは、歴史には推古天皇をはじめとする数人の女性天皇があるからなのではないだろうか。要するに、女性天皇という現象は、もはや日本の伝統的なことだ。明治維新のときに男性天皇に限られた制度を作った理由は、ただヨーロッパの大部分を真似するためだったようだ。だから、法律は女性天皇を許すようになったら、ただ元に戻るということである。

いうまでもなく、問題はいわゆる女系天皇である。すなわち、皇室の系譜に女性だけを通じて繋がれた天皇である。なお、男性の女系天皇も可能だから、男女差別からちょっと離れていく。男系女性天皇でもよいようだし、女系男性天皇は許すべきはないという意見だ。私にとって、この意見はちょっとわかりにくい。男女系はどうして天皇の資格と関わっているのか。

仮りに天皇の資格は男性に限られているなら、肯定できなくながらも、分かる。でも、男系の女性が天皇になれるので、天皇の資格は女性に至れるのは明らかである。女性が資格を受けられれば、どうして伝えられないかとわかりがたい。ある人はY染色体と関係あるといったそうだが、こういうふうに問題が解決できないと思う。まず、天皇家のY染色体は、男系女性天皇とも関係は全くないのである。Y染色体を受けなかったからこそ女性だから、関係どころか、無関係ということは不可欠だ。そのため、Y染色体は大事な点だったら、女性天皇は、いかに男系であっても、許せない存在になる。歴史の女性天皇を偽物にしても、Y染色体はそういう重い役目が負えない。女性にはない染色体が故に、機能一つしか持っていない。それは、男性を作る機能だ。Y染色体の上に決めたら、天皇ではなく、DNAの糸は大事なのように見えてしまう。それは少なくとも天皇に対して不尊だといえよう。その上、Y染色体は一番大事だったら、化学物質を試験管に置いて保存したほうがいい。様々なところに保存すれば、失う確率は非常に低くできる。でも、こういう提案は冗談ではなくてなのだろう。あるY染色体ではなく、天皇は日本の象徴である。

そして、男系だからといって、かならずしも前の天皇と親しく結ばれたとは限らない。仮りに七代の皇室には息子が一人い、最初に娘しかいなくて、一番近い男系の男性はかなり遠い親戚になる。実は、源氏や平家について考えたら、今日日本人の大部分は天皇との男系繋がりがあるはずだ。いかに皇室から追い出されても、男系の繋がりはまだ真実である。だけど、女系天皇を抵抗している人は、日本人ならだれでもいいとは思うはずはない。皇室の範囲のなかにいる男系の人を指していると思う。

でも、それはただの人工法律によって決められたことである。皇室の堺は、数回変えられたことだ。堺は男系の資格と同じ重要さを持ってない場合、日本人ならだれでもいい状態に陥るが、堺も男系の資格も同じぐらいである場合、男系の資格も法律によって変更してもよいのではないだろうか。

そして、いよいよ純粋な伝統が守りたいという理由に辿る。これは必ずしも悪い理由とは言えないが、強い理由ではないと思う。何を選んでもいい場合、伝統を伝統だからといって保ってもよいといえよう。しかし、他の理由があったら、伝統の存在を支援する理由はない場合、伝統を破ったほうがよいのではないだろうか。例えば、祭は伝統の通りに行ったらいいが、伝統的な姿は人に傷をよく与えたら、姿を変更したほうがいい、いや、変更するべきだ。そういっても、なるべく小さい変更をしたほうがいい。伝統は守るべきことだから。

今の皇室法は、損害を与えているのではないだろうか。具体的に、男性と女性を平等に扱っていないということだ。この損害を滅ぼすために、男系の部分を、堺の部分のように、法律によって変更した方がいいと言うべきのではないか。