日本日記

2006年02月28日

昨日、本の原稿ができた。提出もした。そして、今朝所得税確定申告を提出した。だから、今のところ、仕事などはうまくいった状態になった。原稿の締め切りは今日だから、結局問題はなかった。が、この2週間は本当に忙しかった。ちょっと休みたいと思う。言うまでもないかもしれないが、仕事以外あまりしたことはなかった。先週の日曜日にゆり子と一緒に宮前区の散歩コースを歩いたが、それだけだった。この周辺は本当にいいところだと思う。東京に近いし、緑もいっぱいある。今寒いが、春が来たら他の散歩コースを歩きたいと思う。

さて、私の生活には面白い出来事はないので、広い話題について書くことにした。数週間前、ゆり子と一緒に渋谷のブックファーストという本屋さんに行った。日本の経済の復活についての英語の記事を探していたので、英語の雑誌の所に行った。あそこで、アメリカ版の雑誌を見た。Newsweekだったのではないだろうか。表紙には、「Is Japan Becoming Less Japanese?」という見出しがあった。即ち、「日本の日本らしさ衰えているのか」という意味だった。中には普通の「日本にもマックある」などのこと葉書いてあったが、それに加えて「日本の伝統文化は外国人に引き継がれた」と書いてあった。例として、外国人の力士を挙げた。確かに、そういうこともある。伝統的な旅館を営んでいる金髪の外国人にも触れた。旅館の主は圧倒的に日本人だと思うのだが、外国人もいると否定できない。しかし、これは日本らしさの衰えの証拠として挙げた。それは納得できない。

日本で「国際化」というのは、今でも話題になっている。英語を学んだら国際的になると思う人は多いかもしれないが、それは真実ではないと思う。勿論、英語を学んだら国際コミュニケーションができるようになる。それは、国際化のための工夫として大変役に立つと思う。が、国際化そのものではない。逆に、私が日本語を学んだからといって、必ずしも国際的になったとは限らない。

といっても、完全に間違いだとはいえない。日本のアニメが大好きなアメリカ人は、ちょっと国際化したのではないか。ハリウッド映画が大好きな日本人も、同じく国際化の玄関に入ったといえよう。日本のアニメを見たり、メキシコ料理を食べたり、ヨーロッパの本を読んだりしているアメリカ人は、アメリカを出なくても、かなり国際生活を送っていると言ってもよいだろう。でも、本当の国際化は、個人と関わっていることよりも、社会的なことだと思う。

国際化を遂げた社会は、どう見えるのかな。個性さなし、西洋のように見えると思う人は多いようだ。その人の中に国際化を支援する人も抵抗する人も含まれている。アメリカのようにならないと、現在の世界で衰退するはずだと主張する人もいるし、日本らしさを失ったら、如何に経済的に進歩しても意味はないと述べる人もいる。でも、本当の国際化はこういうことではないと思う。

金髪の旅館を営んでいる人を考えよう。これは、国際化の一部分だと思う。私たちの結婚式の予約をした時には、神前婚礼には外国人が比較的に多いと言われた。今の横綱も外国人だ。これは、日本の日本らしさの衰えの証拠として捕る人もいると思うが、私は絶対に賛成できない。日本の文化が衰えどころだ、日本の文化の強さや活躍を表現する現象だと思う。なぜなら、日本と全く別な文化に育った人にも、日本の文化は魅力的に見えている証拠だからである。

これは本当の国際化の始めだと思う。国際化が遂げたら、文化が生き延びるのだが、出身地や血縁と全く関係なくなる。例えば、日本の旅館は大部分白人か黒人によって営むようになり、イギリスの国家教会の副会長はアフリカで生まれた人になり、韓国の大統領は日本出身になる状態だ。実は、イギリスの教会のことは、事実だ。世界の国際化は、よく進めてもらったら、文化を破壊することではない。むしろ、国籍の優先順位が下ることだと思う。同時に二つの国籍を持っている人の数が増えるといいと言えるのだろう。一つは、生まれ育った国の国籍で、もう一つは、大人になり、憧れた国の国籍だ。イギリスなら、そういうふうにできる。日本やアメリカの法律によると、無理だ。

これは、国際化の基盤だといってもいいのだろう。出国しても、裏切りだとは考えられていないし、移民は生まれ育った国民と同じく扱われているし、心の中に国を二つ応援しても当然だという状態になったら、本当の国際化ができた。そういう状態だったら、戦争の数も減るかもしれない。少なくとも、一つの国を自慢し、別の国を侵入する戦争は殆どなくなるのではないだろうか。あいにく、人間は人間だから、資源や宗教に基づいた戦争は完全になくならないはずなのだが、両方には他方と繋がっている人がいたら、交渉を通して問題を解決場合が増えると望んでも単なる夢ではないかもしれない。