2006年03月14日
今週特に書きたい課題はないので、日記は短くなるかもしれない。仕事もうまくいっているので、文句を言う必要もない。
白幡八幡大神の大蛇の顔。
最近、神道に関わっている日々を送ったので、それについてちょっと書いてもよいだろう。先々週、この場所の氏神様の神社、白幡八幡大神(しらはたはちまんだいじん)という神社、でいわゆる初卯際が行われた。残念ながら、祭自体を見なかった。なぜなら、3月の最初の卯の日に行われると知っていたが、私は卯の日とか申の日など全く分からないからだ。が、祭の跡が見られた。一部分は、祭の写真だった。社務所の方に見せてもらったので、弓を作り、的を狙い打ったことが分かった。矢を打つ人は、近所の氏子の5歳未満の長男だそうだが、今年子供は打てなかったので弓を作った大人がしたと言われた。写真を見れば、弓は5歳の子供より大きく見えるので、出来る子供は多いかどうか分からない。来年見に行きたいと思う。
もう一部分の祭の跡は、藁で作られた大蛇だった。その大蛇は、毎年その祭の為に作られ、奥の鳥居の上の部分に付き、7月の夏の祭まで置きっぱなしだそうだ。大蛇の形は大変面白い。顔は、牛蒡、人参などの野菜から造られ、尻尾の方に剣の形の板もある。顔は普通に良く見えないが、カメラを見ずに使い写真が取れた。やはり、楽しそうで優しそうな顔をしている大蛇だ。年によって作る人が違うそうだが、今年時に元気そうな太った大蛇が作られた。実は、私は無理矢理礼儀正しく継代に入らせる大蛇になった。なぜなら、鳥居で頭を下げないと、大蛇にぶつかり、痛くなってしまうからだ。普通の日本人が如何に立っても無事に入れるということから見れば、この結果は偶然だというのは明らかになる。
ところで、時々御参りに行くが、社頭のさい銭箱の上によくチラシが載っている。殆ど神奈川県神社庁からのチラシだが、神さまの栞とか「まことの道」という毎月出版された教育勅語を中心にしているチラシなどある。最近展覧会についてのチラシは多い。この展覧会は、「神々と出逢うー神奈川の神道美術」という展覧会である。神奈川県立歴史博物館で行われ、神奈川県神社庁設立60周年記念特別展として開催された。出されたチラシの間に、招待券があったので、2枚をもらい、ゆり子と一緒に日曜日に展覧会に行った。
日曜日に博物館の方が特別な紹介をした。人は大勢行ったので、ちょっとびっくりしたようだった。説明によると、数年前こんな展覧会の計画を立て、神奈川県の神社を巡り、神道美術を探したそうだ。神道美術は仏教美術のほど有名ではないが、存在している。仏像に類似している神像もある。が、仏像と違い、あまり人に見せていないそうだ。神社の本殿の奥に安置され、神主以外誰にも見られていないそうだ。実は、或神像は、神主さえに見られていないそうだ。神秘なところとして仰がれた本殿の奥はめたに開かれていないので、百年の虫や雨漏りに曝された神像も見付けたという。だから、初発見もできたというのは当り前だ。その中に、平安時代に作られた神像も発見したようだ。時代の週間に合わせ、仏教の影響を受けた作り方だが、芸学者によると、表情から仏ではないと分かるそうだ。仏の表情は、いつも悟りを開いた神秘な顔だが、この神像の表情は、ちょっと悩みを表す表情だ。
神像以外、絵巻物、狛犬、神社の宝物なども見えた。結局、図録も買ってしまった。3時間ぐらい展覧会を巡ったが、いちいち見るために足りなかった。展覧会は、大別二つの部分に分かれた。一つは、今描写した博物館の方に開催された展覧会だった。もう一つは、神社庁に開催された部分だった。この部分のなかに神宮の式年遷宮についてのものもあったし、神奈川県の特別な神社についてのものもあった。後者の間に、白幡八幡大神に借りた仮面もあった。だから神社にチラシは多いかもしれない。つまり、展覧会は大変興味深かったので、勧める。5月7日まで催すそうだから、まだ行く機会があるだろう。
そして、今日國學院大學のオープンカレッジの受講許可書が届いた。「神道を知る講座II」という講座を受けるつもりだが、楽しみにしている。興味深そうな講座がいっぱいあるが、受ける時間も日本語能力もちょっと気になるので、とりあえず一つしか受けないことにした。幸い、展覧会での発表が分かったので、講座の分かるかもしれない。展覧会に、唯一の外国人だったが、講座はどうなるかなと思う。神道は、殆ど日本人と関わっているようだ。仏教は、世界中広がっているし、日本の仏教も他の国にも隆盛しているようだが、神道は日本ならではの宗教のように見える。だから、神道についての本を読むと、よく「わが国」とか「我々日本人」などの表現が見える。特に、今読んでいる本によく見える。
それは、「家庭の祭祀事典」という本だ。主に、神棚の設け方や拝礼方法についての本だが、本当に役に立つ。なぜなら、本当に具体的で詳細に説明しているからだ。たとえば、拝礼について、単なる「二拝、二拍手、一拝」と書かれていない。むしろ、お辞儀の深さや拍手のやり方を写真掲載し細かく説明している。伝統的な日本人の家庭に育てられた人には当り前のことかもしれないが、外国人の私には深くて暗い謎だった。そういえば、ゆり子もあまり知らないようだ。それは、ゆり子の家族は伝統的ではないからだ。最近、日本人だからといって、神社の作法が分かるとは限らないので、こういう本を出版したかもしれない。
が、作家は外国人が読むとは考えもしなかったようだ。序には、「神の国に生まれ育った日本人はこうすべきだ」のように書かれているし、「わが国固有の神道に従いたくない日本人は、外国にいくべきだ」のように書いている。ちょっと、外国で生まれたら、如何に神道の道を歩みたくても、ありえないという印象を与えている。勿論、こういう考え方に賛成できない。日本の文化は、神道には限られていないので、神道に興味を持ってなくても、日本に住んでもいいと言いたい。そして、前回述べたように、本当の国際化は血縁のない人が伝統を受け継ぐということだから、外国で生まれ育った人も神の道を歩んでもよいのではないか。実は、講座の教授の一人は、外国の名前を持っている人だ。外国で生まれ育った日系ではない神職があるかどうか分からないが、あり得ると言ってよいだろう。
だから、本の国家主義的な色彩に違和感を持っているが、神棚の事を大変わかり易くて詳細に説明しているので、楽しく読んでいる。本当に勉強になっている。例えば、毎年宮型を交換したほうがいいということに、びっくりした。お札を交換するのは問題ではないが、宮型は結構大きくて値段が高いものだから、毎年新しく拝受するのは大変で自然環境に優しくないのではないかと思わないといけない。一方で、灯明などの説明に納得できる。神様についてちょっとだけ書かれているが、そういう神道入門の本はたくさんある。こういうふうに作法を詳しく説明する本は少ないようだから、割合をよく選んだと思う。拝礼や神棚の内容の意義が分かりたい人に勧める。
結局、今日の日記は全然短くなくなった。日本語の日記の間に一番長くなったようだ。そして、書くのは、2時間ぐらいがかかった。だから、ここで終わると思う。