昨日参拝した神社の一つは、稲毛神社だった。稲毛神社は、川崎山王と呼ばれ、川崎市内の神社の中で一番由緒がある神社だと言えるだろう。鎮座する位置は、川崎駅から南へ歩いて十分もかからないところだから、都市のど真ん中にあることは明らかだ。境内の周りにも高層ビルが聳えるし、鳥居の前で主幹道路が走る。つまり、自然観溢れて神秘的な気持ちはない。都市の神社の味は強い。騒音がある反面で、維持する氏子や崇敬者もいるので、御朱印を受ける為に社務所に入ったら、しっかりしているように見える。平日にお参りしても、神職が社務所に事務をしたので、常務神職があることも明らかだった。雰囲気を保ちながら経済基盤を確保するのは難しいと思う。
都心だといっても、有力な神社だから、木々も樹立するのは言うまでもないだろう。その中に、一番印象的なのは、神木の銀杏だろう。案内板によると、樹齢を千年だと推測されたが、戦火に遭って、枯れたと恐れた時期もあったそうだ。しかし、新しい枝が生えて、今は緑に覆われる。ただ、戦争の損害のために周りに足場のような木材の支えがある。神木は、自分の力で立てられないようだ。
神木の周りに十二支の柱が配置され、十二支参りができる。干支の彫刻の下に性格を説明する案内板があるが、私が読んだ。私の干支の説明を読んだら、「まぁ、一応合っているね」と思ったが、隣の干支の説明も読んだら、「これも悪くないかもしれない」とも思った。回って、説明をちょっと読んだが、当たらないところは殆どなかった。要するに、私が毎年生まれたに違いない。すべて私の干支になるからだ。
神木の真後ろに木材の祠の中に石材の祠があった。石材の祠の中に、何もなかったようだった。少なくとも、見える存在はなかった。それは、神道的な構えだと言いたくなる。伊勢の神宮でさえ、ご神体として何もない神社もあるようだし。
本殿には勿論、境内社にも参拝したが、今神社のホームページや略記を見たら、見逃した境内社があるようだ。どこに鎮座するかはちょっと分からないが、遠くないので、もう一回参拝して探すだろう。境内社の一つは、子神社という大国主命を祭る神社は、金属の籠に囲まれる。その理由は、社殿には細かい彫刻が施されたが、川崎の繁華街に近い周辺で夜になったら被害に遭う恐れがあるからだろう。それも、都心の位置の問題の一つなのではないか。
稲毛神社は一宮ではないが、他の参拝計画もある。これも、神道の研究の一環にもなると思う。神道の現状を把握する為に、神社にお参りすることは必要不可欠だと実感する。