私の生活、意見、日本語の練習

日本の五周年

チャート・デイビッドによって2008-10-01に更新された。

2003年10月1日に私が日本に到着した。あの時五年後日本に住む、さらに日本人の妻と娘と一緒に住むとは思いも想像もしなかった。一年で帰国するはずだった。やはり人生が意外に変わるよね。まだ日本に住むことが好きだから、すぐに帰国するつもりはない。むしろ、ゆり子のほうがイギリスに住みたいようだ。だから、帰国する可能性はまだあるが、危機がなければ少なくとも数年後の話だ。

日本に住む次第、日本人も日本の文化もますます好きになってきた。そして、どんどん現実的な国に私の頭の中でなってきた。どういう話だろう。西欧から見たら、いや、西洋から見たらと言おう、日本は不思議な外国で、別な惑星のイメージがある。見る日本の側面は対照的で印象を与える側面ばかりだからだろう。例えば、相撲の力士は、イメージ的には欧米のスポーツ選手と極端的だし、芸者も欧米には全くない存在だ。お寺も神社も別世界からの訪問者のようだし、歌舞伎などは不思議でたまらない。アニメも欧米のアニメーションと違うし、アイドルの文化は欧米にはないと言える。だから、欧米から見たら、ただ不思議な世界に見えるだろう。「Lost in Translation」という映画は象徴的だろう。

だが、住んだら、日常生活を送ったら、日本の現実的な側面に接することは避けられないのでコンビニの便利さや電車の信頼度などが主な印象になる。あるところに芸者や歌舞伎役者がいるが、見たことはテレビ越しだけだ。一方、コンビニやダイヤ通りの電車は身近な存在だ。日常的な不便な点も浮き彫りになる。なぜATMは無料ではないかとか、なんで銀行のATMは24時間ではないか、役所で用事を済ますのは、なんでこんなにややこしいのか、などのことがジュニアーアイドルがいるから日本人はみんな変態だという批判より重大に見えてくる。(日本で本物のジュニアー相泥写真集を見たことがあるだろう。あっ、はい、表紙を見た。)

だから、現実的な側面が馴染む次第、日本は「すごい」、「大変」、「不思議」の反応から、ちゃんとした感情的な反応の対象になる。ATMは不便だが、Amazonの無料配達は翌日着だ、など。そして、日本にいれば、日本人と接して、日本人にはいい人は多いことが分かる。妻や妻の家族は勿論、英語の授業を受ける人も、白幡さんでの人も、道ですれ違う人も、いい人は多い。

ただ、ちょっとがっかりすることがある。日本にいるじかんが長くなればなるほど、私の日本語に驚く日本人が少なくなることだ。「二年だけ!」ではなく、「あぁ、もう五年か。なるほど」という反応になりそうだ。寂しいな。

一人歩きが始まった

チャート・デイビッドによって2008-09-30に更新された。

昨日真由喜が初めて一人で歩いた。一歩か二歩しかなかったが、三回やって、ゆり子も私も見た。最初の体験は、ゆり子が見えたが二歩でゆり子に行ったようだ。二回目は、私が見たが一歩でベビーチェアから電話台まで歩いた。始まったら、速く進むと言われているので、一週間以内よく歩くかも。楽しみにする。

ところで、真由喜の風邪が殆ど治ったようだ。夜中に咳が二回ひどくなったが、鼻水のりょうが減ったし、くしゃみも少なくなったので、普段の二日、三日間で治りそうだ。

神社有職故実

チャート・デイビッドによって2008-09-29に更新された。

また神社本庁発のISBNもない本を読んだ。この本は、神社にある物についての説明だ。建物ではなく、御簾、狛犬、ご神体、大麻などのことは紹介される。興味深い。

殊に本殿の中にあるご神体の装飾や御座の構えも描写され、説明される。普段は本殿の中の状況が見えないので、分からなかったことが分かってきた。ご神体を包んで、箱に入れるのは普通だそうだが、ご神体は影像である場合、特に彫刻である場合、包めるかどうかは疑問だ。そして、如何に神社本庁から着た人でも、神社の本殿に入る訳はないので、どのぐらい現実に当たっているかも疑問だ。勿論、遷座するときに新しい本殿の内装が分かるが、かなり古い神社もあるし、その神社の固有伝統も保つはずだから、例外も多いかなと私が勝手に思った。描写された形は基準だというのは、疑わないが、隠れたことの現実がいつもちょっと気になるね。だから吉田兼倶が「秘密は敬虔を促すためだ」と言っただろう。

最後に装束の説明があったが、それは装束の本の略式だった。(著者は同じ人だし。)楽器の章も興味深かった。神道の楽器は殆ど中国から伝わったものだそうだし、平安朝の時代から使われたそうだ。だから、明治維新で復古をしたときに、雅楽はなぜ維持されたかはちょっと謎だ。平安時代以前からの習慣を、神仏習合を始め、排斥したが、同じ時代からの伝統を受け取ったことだから、長い伝統からただ好ましいことを選んだのではないかと思わざるを得ない。

この本によると、神社の伝統を継承するのは大事だそうだが、それと言っても詳しく定められたことは多い。そして、このほとんどは明治時代からのことだ。江戸時代に圧倒的な支配力を握った吉田家の伝統は払拭されたことは周知の通りだから、仏教のことを除いても明治維新が神社の伝統を尊敬したとは言い難いのではないか。その上、中央に据えた神社界の伝統は、即ち神宮の式年遷宮は、百二十年以上中絶されたことは認められた事実だ。明治維新は、まだ百五十年前の出来事ではない。だから、明治維新の変更から遡って、その前の神道の形から示唆を承けて、神社毎の伝統を作っても、神道の伝統を継承することなのではないだろうか。

疲労

チャート・デイビッドによって2008-09-28に更新された。

今日読書の仕事に専念したが、今ゆり子と真由喜と一緒に晩ご飯を食べて、大変疲れてきた。仕事もあるし、一歳の子供もあるので、びっくりするほどなこともないし、稀なことでもないね。だが、長いブログを書く力はない。真由喜は、風邪をひいたが、本人はまだ元気のようだ。(昼間にはぐったりだったが、長い昼寝してちょっと復活した。鼻水はまだひどいが。)だから、ゆり子に頼んで寝させてもらうかな。

挫折解除

チャート・デイビッドによって2008-09-27に更新された。

今日授業があったが、執筆が進んだ。やはり昨日前の構成の問題がちょっとはっきりしてきたので、今日訂正したりした。まだ細かいところの構想は必要なのだが、大まかに構成が分かるだろう。今朝仕事を始める前に白幡さんにお参りしたので、ちょっと外に行って、頭が動いただろう。

ところで、今日真由喜が玩具のブロックのバケツを両手で持って、しばらくの間立った。数秒捕まらずに立つことが普通になったが、大きいものを持ちながらするのは初めてだった。やはり、一人歩きするのはすぐだよね。

執筆挫折

チャート・デイビッドによって2008-09-26に更新された。

今日授業はないので、執筆に専念しようとした。もう六時間以上パソコンの前に座っていたが、なかなか進めない。まだ構成のところだから、内容をまだ書き始めていない。だが、構成には問題がある。繋がりとか発展などのやり方は想像できないので、挫折だ。執筆にはこういうことがあるが、ちょっと気分が悪くなるね。明日授業があるが、合間にまた執筆を進められたらいいと思う。

元気になってきた

チャート・デイビッドによって2008-09-25に更新された。

おかげさまで、今日真由喜が元気になってきた。今朝ちょっとだけの熱があったが、もう全くないようだ。気分もいつもの通りいい。(ただ、今私が遊んであげないために泣いている。ちょっと眠くなったとも思う。)お昼ぐらい、ゆり子と一緒に真由喜がまた足の虫さされを診てもらうために病院に行ったが、問題はないようだ。明日ぐらい包帯をとってもいいそうだ。明日熱のことで病院(別な病院だが)に行くことになるが、問題ないので全然心配していない。