両親

今日もう一度ブログを書きたくなった。どうしてかというと、北川景子さんがブログで御両親について書いて、考えさせたからだ。確かに、細かい所を見ると、私の経験と北川さんの経験がかなり離れているが、両親の大事さは共通点だ。

私の反抗期は、結構早かった。8歳から11歳にかけてと言っていいだろう。そのとき、私自身も本当に反抗したくなかったが、どうやって人の希望や期待に応じるかと全く分からなかった。だから、私の好みの通りにならなかったら、怒ったり、文句を言ったり、泣いたりした。 今、20年以上の過去だから、母と一緒に振り返って話したことがある。

やはり、母も大変だったそうだ。私がどうすればいいかと分からなかったと同じく、母も私を扱う方法も分からなかったようだ。それでも、私にも怒りを表したことはほとんどなかった。少なくとも、思い出せない。確かに、いつも冷静だったとは言えないが、叱られた気持ちはなかった。それより、「この状態は問題だ。解かなくてはならないが、どうやって解こうか。」という気持ちが伝えてきた。

そして、私に自分の人生の道を自由に選ばせた。それ以上、何を選んでも、応援してくれた。確かに、長い間悩ませる道を歩まなかった。「ケンブリッジ大学に行き、科学を勉強したい」という子供は、なんといっても悪夢の子供ではないだろう。が、学修の最後の年の途中で専門を全く変える(科学から哲学に)とか、日本に行ってしまい、日本人と結婚し、日本に長い間住もうとするなどは、もう少し辛いかもしれない。その状態でも、両親が支えてくれた。それはお金はもちろん、アドバイスもしてくれたり、問題を聞いてくれたりした。

そして、問題があったとき、いつも両親と話し合えた。彼女に振られたとき、試験の結果はが通りではなかったとき、応募した仕事に落ちたとき、いつも話した。解決できる問題を解決してもらったが、大人になると、否、子供のころからも、両親に解決できない問題が多いので、そういう時には支援や応援は一番だ。一人でなかなか背負えない問題は、両親が肩を持ってくれたら、もう少し軽く感じる。

今住む場所が遠く離れているものの(父はアメリカに住み、母は イギリスに、私は日本に)、まだいつも支えてくれる。結婚を祝ってくれたり、妻を大歓迎してくれたり、出来る限り幸せにさせてくれたりするように見える。本当にいつもありがとうということだから、私も両親を支えて差し上げたくてならない。まだあまり必要ではないが。母のパソコンの問題を解決するぐらいだ。でも、将来にも捨てるわけはない。それは、義務ではない。本当の愛と感謝から生まれた本音だ。

私も、子供ができたら、同じように支えたいと思う。