今日、昨日の出来事について書く。当日には時間はなかったが、書きたいことはたくさんあった。
まず、9時ごろ家を出、国学院大学へ講座を受けに行った。内容は、歴史的な側面から見た伊勢の神宮の式年遷宮ということだった。最初の式年遷宮は、内裏を天皇が崩御したら変えることを止めたときだった。だから、関係があるのではないかと教授が述べた。そして、平安時代の後半に、遷宮がだけになった可能性があるようだ。中世紀に入ると、源家がちゃんと遷宮を支えたそうだが、その後足利将軍が支えなかったそうだ。結局、124年間中絶したという。あの時、多くの技術が失われたので、16世紀に復興されたときにやり方が分からなかったそうだ。実は、明治維新後、新政府が遷宮研究所を立て、研究を促進したそうだ。その結果、昭和2年の遷宮で、7割ぐらいが元に戻ったという。この例から伝統技術や行動を保つのとの重大さがよくわかる。一旦失うと、復興するのには、数百年と数十人の苦労が必要となるからだ。
講義の後で、神社巡りに行った。目標は、三つあった。まず、夕方に八芳園でのブライダルフェアがあり、家に変えるのはもったいなかったから、時間を楽しむことだった。そして、神社で本を2冊買いたかったこと、最後に、根津から八芳園までどのぐらい掛かるかのを調べたかったこと。
まず、愛宕神社に行った。わざと出世石段を登ったが、辛かった。誰かが馬をその石段を上がらせたなど、信じ難い。だが、NHKの番組のためにまたしたそうだから、江戸時代の伝説にも事実がある可能性もあるだろう。愛宕神社で神社の神職に書かれた本を買った。愛宕神社の雰囲気は大変いいと思う。東京の真ん中に置かれているのに、緑もいっぱいあるし、丘の上の池もある。そこでちょっと休んだ。
それから、日枝神社に歩いた。 日枝神社は、東京の大きい神社の一つだが、まだ行ったことはなかった。だから、ちらっと見ようとした。悪くはないが、圧倒的にいい印象を与えなかった。日枝神社から湯島天満宮に地下鉄で行った。そこで、天神信仰についての本を買った。いる間に、中学生のように見えた人がお参りに来た。先生も一緒に来たようだったから、修学旅行だったかもしれない。皆、拝殿に上がり、祝詞を受けた。
そして、不忍池を経、根津神社まで歩いた。そこから、八芳園に向かった。
ゆり子が仕事をちょっと早めに出、ほぼ同時に着いた。そして、一緒にあちこちに行き、参考になるものをいっぱい見た。飾花、料理、クロス、ビデオ、引出物を見た。まだ決まっていないが、仮りに決めたことは多かった。大部分は最後の決まりになると思うが、細かいことを変える可能性も高い。
衣装の試着もあった。3回目だったが、前はゆり子だけが試着した。今回、私も洋服も和装も着た。初着物は楽しかった。歩く気持ちは不思議だったが、いつもと違うイメージだった。ゆり子が色打掛けと鬘をしたが、披露宴で鬘をしたがらないようだ。わたしが丁髷をすれば、鬘をする、と。やはり鬘をやめさせよう。
今日は普通の日だったので、何も書きたいことはない。