では、休みの日記を続けよう。
ゆり子の両親の山の家は、本当に田舎にある。コンビニもない村に置いて、回りには山や棚田ばかりだ。景色は大変綺麗だし、気温も涼しかったので、快適だった。ただ、田舎の家として、中のトイレはない。ゆり子と一緒に回りの周辺を散歩したが、また行きたいと思う。
日曜日に、ゆり子の母親が畑の整理をしたがったので四人で馬篭と妻篭を見に行った。中山道の宿として面白かった。その上、雰囲気が全く違う。馬篭は、観光地という雰囲気が強かった。悪くは無いが、観光設備は多いし、建物が新しく見える。そこでラムネを飲んだりざるそばを食べたりしながら楽しんでいた。
そして、車で妻篭まで行った。実は、私は歩きたかったが、気温はちょっと高かったし、回りの人は歩きたくなかったようだったので、止めた。今度こそ歩く。
妻篭は、今も残っている江戸時代の雰囲気だった。古い建物が沢山あるし、観光客は少しだけ少なかったので、タイムスリップのような感じが時々湧いてきた。妻篭でアイスキャンディを食べた。いかに山の方の言っても、暑かった。博物館を見る余裕は無かったので、今度行ったら寄ってみたいと思う。と言っても、妻篭の郵便局に寄って、昔の切手や手紙を見た。日本の手紙は本当に洋風になったなと思ったが、昔の手紙が大変に見えたので文句を言わない。
妻篭から、温泉に向かった。ゆり子は温泉が大好きなので、入らないわけはなかった。勿論、普通の性別な温泉だったので、私は義父と義弟と一緒に男性の風呂に入った。それも、イギリスと大分違う経験だ。温泉そのものはイギリスにないが、妻の家族との裸の付き合いは、あり得ないといってもいいだろう。私は、温泉が大好きだとはいえないが、確かにリラックスすることができる。肌もつるつるになったし、お湯は暑かったので本当に寝たくなってしまった。
夜にゆり子の幼なじみが訪ねてきてくれたので一緒に晩ごはんを食べたり喋ったりした。
次の月曜日は、ゆり子の親戚に挨拶するために行った。つまり、お墓参りだった。確かに、先ずまだ生きている親戚と会って、ちょっと喋った。結婚式を参加してくれるので、前もって会えてよかったと思う。そこの家はゆり子の父の実家だから、あの立場からも興味深かった。戦争のころの状況も語ってもらったし、絹を作る仕事についても聞いた。
そして、本場のお墓参りに行った。初めてのお盆のお墓参りだったので、初心者の気持ちで皆を真似した。墓地の外見も雰囲気もイギリスと大分違うし、お墓参りの週間も違う。花の差すことは同じなのだが、それ以外共通点はほとんどない。が、イギリスで御先祖様を祭る習慣はないので、当り前といっても差異はないだろう。
墓地のとなりに河合神社という村社が置いている。お参りして、境内を見て、父に昔の雰囲気の説明をしてもらった。皇居の方向を表示する碑がまだ立っているので、戦争のころの遥祭の話しの聞かせてもらった。私が入った後ろの参道は最近作られたので、父の子供のころ表参道だけだったようだ。私とゆり子が表参道で下がったので、昔は大変だったのが分かった。参道には、424段がある。山の斜面は険しいので、石段も険しい。おずおずとゆっくり下がったが、無事に下に着いた。河合村の住民が毎日お参りしたら、すごく健やかになるはずだ。
火曜日は弟の仕事だったから、月曜日に五人で名古屋に帰った。途中でダムと世界一の大きい狛犬に寄った。狛犬は本当に大きかったが、神社は八王子神社だった。ちょっと驚いたが、由緒によると関東から移住した人に鎮座されたそうだから、納得できた。
火曜日に、 初ボーリングだった。ゆり子の家族が休みに一緒にボーリングやカラオケに行く習慣があるそうだから、それを踏襲してボーリングに行った。イギリスにはあまりないスポーツだから、私の初体験だった。といっても、ゆり子を勝った。やっと、大変下手糞ではないスポーツを見付けた。そして、結構楽しかった。今度も行ってもいい。ボーリングの後で、カラオケに行った。私はカラオケが大好きだから、楽しみにしたし、楽しんだ。(昔は、少年合唱で歌ったので、歌いのが好きだ。)
水曜日は川崎に帰る日だった。途中で、ヤマサに寄って、恩師に挨拶した。大変懐かしかった。ヤマサで18ヶ月勉強したので、一生残る想い出は多い。残念ながら、顔見知りの先生方が少なくなったが、知っている先生方や事務員とちょっと話しができたので、よかった。ヤマサは私の日本の故郷のような感じだから、お盆に訪ねたら相応しいだろう。
ここに帰って以来、仕事の穴埋めになってしまった。そう言えば、仕事に戻ったほうがいいと思う。