転回力

今日また四つの仕事と取り組もうとしたが、転じる時間は予想以上長かった。毎日何でもやるより、一日専念したほうがいいだろうと思ったが、そうしたら一つの仕事を棚に置く可能性もある。今日一応できたが、効率を上げるために頑張りたいのだ。

文化と血

今朝テレビで寺島しのぶの国際結婚の話しを見た。歌舞伎役者の家族で、男の子を生んだらぜひ歌舞伎役者になって欲しいと父親が言ったそうだ。私は半分賛成だ。半分賛成できないことは、生まれる前に子供の人生を決めないほうがいいと思うからだ。歌舞伎に興味を持たない可能性があるのではないか。

半分賛成なのは、フランス人の血が混ぜても歌舞伎役者になって、家の伝統を継承出来ることだ。文化を継承するのは大事なのだが、継承する人の血の起源は全く関係ないと思う。ダブルとはいえ、純粋な外国人でも日本の伝統を継承できると思う。力士を例として挙げられるだろう。そして、ある旅館で金髪な白人が主人として働いていると聞いたような気がする。

私の考えは、文化は大切なのだが、血は大切ではない。本当の国際化は、文化が世界中同じくなるのではなくて、どこの民族の出身でもどこの国の文化でも継承できることだと述べたいのだ。

記憶

今日小学校時代のJohn Amaechiという友達の自伝を読んだ。かれがバスケットの選手になって、アメリカのNBAのチームに入ったそうだ。イギリス人として、一番高いバスケットのキャリアだそうだが、全て私たちが別れた後の話しなのだから、自伝を読む前に詳しくなかった。興味深かった。今バスケットのことがもう少し分かってきた。ゼロから始めたので、難しくなかった。

本の最初の所で、私が登場した。英語のブログで引用したが、ここで粗筋について書きたいと思う。本当に短かったが、昔の話しだから当然だ。所が二つある。一つは、私の記憶とそっくりだ。事件が書かれたが、それは詳しく覚えないのにそういう事件を一応覚える。だから、当たっていると思う。

もう一つは、付き合いの終りについての話しだ。ここで、私の記憶が大分違う。第一、覚えられない手紙がある。ジョンが私に「友達で信頼したが、うそをついて裏切った」という内容だ。あのころの手紙を覚えるが、やはり内容は違う。そして、覚えられない行為もある。あの手紙の返事として、赤ペンで綴りのミスを訂正してジョンの手紙を返したという。全然見覚えはない。

が、十歳の私を考えたら、してしまった可能性はなくはない。私が覚えるのは、付き合いが終わったが、私がなんとなく後悔して、なんか悪く扱ってしまったのではないかと思った。中直ろうとした記憶もあるが、すごく積極的ではなかった。ジョンは私のことが嫌いになったような気がしたのも覚えると思う。少なくとも、それは正しかったようだ。

今尚謝れたら謝るが、もう遅いし謝る機会はないと思う。 私も悪くしたように感じたので、それは事実だったかもしれない。

ただ、記憶の差異は注目すべきだ。二人ともほぼ同じ年齢で、同じ経験があったが、記憶がすごく違う。私の記憶によれば、ジョンが書いたことは無理だった。危機とされた日の後でも友達同士で続いたと覚えるからだ。細かいことを数年後(もう二十数年後なのだが)、幼いころのことは特に、間違いがよくあるという。心理学者の研究によって。だから、私の記憶が現実とずれて、ジョンの記憶もすれる可能性は低くない。私が覚える友達、恋人など、何人が今も私から受けた傷を抱くかな。誰もいないと考えたかったが、やはりそうではない。私が傷をつけることを覚えなくても、傷を付けた可能性はまだある。

人生の目的

今日北川景子さんがブログで「I really don’t know “What’s the point of my life”」という記事を更新した。それは、「人生の目的がさっぱり分からない」という意味だ。読み終わったら、考えさせられた。確かに死がランダムに人に訪れるように見える。阪神淡路大震災で生き残った人が私より感じるのは驚くべきではない。今まで私の運がよかったので周りの人が死なれなかった。

でも、それに続いて「何のために生きているのか」という質問は、身近な質問だ。北川さんの状況と全く無関係かもしれないが、北川さんのブログを弾みとして私の考えを書きたいと思う。

北川さんの現状を見たら、何で悩むのかと思う人もいるだろう。大学で勉強しながら、そして噂によればかなり高級な大学だそうだし、映画の女優として大活躍している。まだ若いし、美しいし、才能も持っているし、悩む必要はないだろうと思うのは禁じられない。だが、そうだからこそ人生の目的が問題になると述べたいのだ。

夢が叶うように頑張る人なら、人生の目的が問題にならない。夢を叶えるのは目的で、なぜ生きているのかも明らかだ。夢のない人より遥かにいい状況だと思う。ただ、夢を失う方法が二つある。一つは、失敗して夢を諦めること。それは単純に悪いことだ。あの場合の対策も大事だと思うが、今日の話題ではない。

もう一つは、夢が叶うこと。夢が叶えば、もう夢はない。現実が夢と違うからだ。考える派なら、夢が叶いそうになる時にも問題になる。叶った夢の状況をはっきり想像できるようになって、あの状況になったら何が良いのかと思う。私の場合、本を出版してもらうことは夢で目標だった。もう叶った。ファンもいる。(確かに北川さんの毎日の一万の読者より大変少ないが、私の本を読んだことがある人を皆様会わせたら、一万人に昇らないだろう。)だから、本を書く夢の稔りを、もう持っている。今経験する状況が足りない場合、本をまた書く方法で足りるようになるわけはない。確かに大ヒットの本を出したらお金を受けるし、それは望ましくないとは言えない。しかし、お金と夢は別だ。夢は、本を出すことだ。読者の数はそんなに密接ではない。本を見ながら不満を感じれば、読者が数千万人であっても、不満を解けないはずだ。

夢が叶ったら、夢の目標を求めるようになる。何のために夢を追ったのか、夢を握ったらどうすればいいのか。この質問が大事になる。

答えは、簡単ではない。ただ、考えて挑戦したほうがいいと思う。考えずに続いたら、妙な不満を抱きながら続いたら、人生が稔りのなかで枯れてしまう。セレブを見たら、珍しくないと思う。一方、枯れないセレブも沢山いるので、抜け道があるのも明らかだ。

一つの方法は、いつも新しい目標を立てることだ。ただ、「今度こそ満足になる」と考えたら駄目だ。むしろ、「これをやったら、一時味わったら、また新しい夢を目指そう」と考えたほうがいいと思う。英語の諺を日本語にすれば、「行先より旅」。結婚生活は、将来のためではなくて、今のためだ。未来を考えるのは言うまでもないが、今も楽しまないと意味はないだろう。将来のために現在を犠牲すべきではない。本を書くことも同じだ。本をそれぞれあの本自体のために書く。毎回新しい目標と取り組んだので、振り返ったら満足が感じられる。

万が一明日死んだら、今までの行為が無駄にならない。勿論、ちょっと例外がある。 未完成のプロジェクトのための行為が無駄になる。そういえば、できる目標を選ぶのは大事なのだが、できない目標を選んだら夢が叶った問題に遭わないはずだ。

もう少し深く掘ったら、夢の選び方が問題になる。どういう目標がいいのか。夢が叶いそうになったら、それは問題になるかもしれない。それは人によって異なると思うが、私が二つの基準を選んだ。一つは、人を幸せにすること。身近な人は勿論、世界中の人達も対象になる。できることに厳しい制限があるが、何もできないわけはない。もう一つは、私の能力を発揮すること。本を書くことは、二つとも果たせる。書くこと自体が能力を果たすし、読者が楽しんでくれると人を幸せにするわけだ。

これはまだちょっと純粋過ぎるかもしれないが、具体的な目標の一つは哲学と取り組んで人生の目標をますますはっきりすることだ。時間があれば、もっと考えたいのだ。

つまり、今、私は幸せだ。