古事記(中)

古事記を読みつづけている。最近中巻を読んだが、やはり上巻と違う。神様がまだ出てくるが、ほとんど天皇の出来事が中心になる。

大物主神の物語があるのだが、祭るべきかどうかは不明だと思う。祭られていないから国民を病気で襲ったという話しもあるし、女性が便所に入ったときに陰部を矢の形で差した話しもあるので、ちょっとやばい神様なのではないかと思った。やはり、崇敬するより、祟らないように願う祭る方法が相応しいかもしれない。よく考えたら、神道の神様は人間に似ているので、びっくりするほどではない。今も北朝鮮がまして悪いことしないように丁寧に扱っているが、それは北朝鮮はいいからだとか、北朝鮮は素晴らしいからだなどなわけはない。ある神様も同じだったろう。

そして、ヤマトタケルの命の話しもある。それを読んだら、ヤマトタケルはいい人ではなかったと思わざるを得なかった。なぜなら、人を殺したり、騙したりして、暴走したからだ。現在にいたら、刑務所に入るはずだ。

もう一つ。景行天皇の章で、ヤマトタケルの命の曽孫娘と結婚したと記されているが、ヤマトタケルの命は景行天皇の皇子だったとも記されている。本の注意が言う通り、ちょっと不合理に見える。実は、ちょっと計算したら、無理ではない。13歳のころに相継いで子供を設けたら、景行天皇がまだ90歳にならない内に息子の曽孫娘が13歳になるので、結婚できる。だが、研究者が言った通り、もともと景行天皇とヤマトタケルの命は無関係だった説のほうに納得力がある。

だが、この三つの例を見たら、昔の人の考え方が私たちの考え方と大分違ったことが窺われる。古事記を編纂した人はアホではなかったはずだったので、こういう矛盾がよく分かったはずだ。分かったのに、直さなかった。それは、なぜだろうか。私はまだ分からないが、こういう不思議に見えるところは、昔の人の考え方への糸口だと言えると思う。


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