ファンとセレブ

まだこのことについて考えている。北川さんの英語圏のファンの掲示板でちょっと論争になったし、私の仕事と密接だからだろう。

さて、なぜファンがそいう権利を持っていると思い込むようになるかというと、ファンとセレブの間の関係を勘違いするからだと思う。訴える権利と義務を考えたら、友達同士だったら、本当にそういう義務などがある。友達がブログを読んでくれたら、止めることにする場合説明するべきなのではないか。ただ、友達に説明するべきだ。他の無関係の人に対して説明する義務はないと思う。同じく、友達のために何かを作ったら、計画を大きく帰ることになると、説明して、説得するべきだろう。だが、無関係の人にたいして義務はない。

だが、ファンはセレブの友達ではない。(勿論、例外があるが、一般にそうだ。)私のブログも、規模がちがっても、同じだ。友達も読んでくれるが、無関係の人も読んでくれる。(皆様、ありがとう。)そして、読んだら様々な情報を手に入れる。私の仕事の過程とか、ユデタマゴの成長とか、哲学の意見など分かってくるはずだ。人についてそういうことが分かったら、友達だと感じるようになる。普通に友達だとの証拠だからだ。しかし、ブログを作った人とかセレブなどなら、友達ではなくてもたくさん分かってくる場合もある。

そして、ファンであったら、セレブを大切にする気持ちを持っている。それは「ファン」の資格だろう。よくわかって大切にする人は、友達なのではないか。あいにく、違う。友達というのは、お互いに分かって大切にする関係だ。セレブではない人なら、そういう一方的な関係はあまりない。片想いぐらいだろう。片想いを飼う人は、よく憧れの人に義務があると思い込むのは周知の通りだが、セレブも同じだろう。気持ちがもう少し弱いが、無関係の証拠も少ない。なぜなら、セレブが友情を示すように頑張るからだ。イベントで出会ったら、笑顔で挨拶してもらうのは普段だ。ブログで感謝のメッセージもある。一般人だったら、知らない人に対してそういうことしないので、情報が少なくなって、すぐ「実は、友達にならなかったな」とわかってくる。

つまり、ファンが幻想を抱いてしまうと思う。そういう思い込みの上、セレブには義務があると信じてしまう。だから、セレブが友達扱いから外れるとファンが怒ってしまう。だが、誤解だ。そういう関係はない。はっきり聞いたら、殆どのファンがそう認めるが、気持ちが変わらないだろう。ファンとセレブの間の距離が分かってほしい。

ところで、今日本の訂正ができた。嬉しい!