神道を知る講座III〜第8回

今日は国学院の講座に行ってきた。前回「次回近世の神道思想について語る」と言ったが、計画を変えた。その代わり、今日明治維新の変化について主に語った。来週は明治維新から現代までの過程になると思うが、最後の講義が思想になる構えのようだ。

さて、今日いわゆる神仏分離についてだった。興味深かった。実は、教科書で神仏分離はあまり詳しく扱われていないので、もう少し詳しい話が聞けるのは嬉しかった。

大ザパに言うと、明治維新以前、いわゆる神仏習合の状況で神社の境内にはお寺があったとか、神体として仏像があったとか、奉仕する人は僧侶で社僧や別当という人がいたなどの事実だったそうだ。神仏分離で、仏教味を一切神社が払拭したという。坂本先生は、それはいいことか、悪いことか、曖昧になたが、事実はそういうことがあったという。

これは明治維新からの出来事と言えるが、種子は江戸時代に見えるという。吉田神道には、神道は根本だから、仏教の僧侶が神社を支配するの不適切だったと言える。そして、出雲大社で17世紀半ばから神仏分離が始まったようだ。神仏分離派は前からあったが、明治維新で政権を握って神仏習合派を抑えることができたので、実現できたという流れなのようだ。

明治維新で「神武創業」という信念があったが、その利点は神武天皇の時代から正確な史料はないことだそうだ。なぜなら、神武の御代には問題があったという証拠もないし、十九世紀に合わない事実も表されていないからだ。要するに信念を持って、好ましい政権が作れたことだといわれた。特に神祇官再興は、律令時代にはなかった現状と向き合えた。それは皇室の山陵の祭祀とキリスト教対策としての神道宣教だったそうだ。それは、結局神祇官に合わないと判断され、別な役所に任されたそうだが、それも神武天皇の時代にはなかったはずだ。

坂本先生の神道の信念として、過去を尋ねて現代を考えよということだった。だから、明治維新の神仏分離でも、変化は大きかったが、変わらないところもあった。神事は継承されたなどのことだ。というより、変わらないところがあったからこそ大きい変化ができたと言える。庶民がある程度神仏分離を支持したそうだし、別当などの多くが素直に神主に変わったようだ。反抗もあったが、圧倒的ではなかったようだ。それは、大きく継承されたからだろう。そして、これからも神道が変わるはずだが、将来の変更にも過去から継承される点は大事な役割を担うと言った。

だと思う。確かに岡田先生のほうが分かりやすかった。概念が分かったのは確かだが、詳細なところに聞き取れたかどうか疑う点は多い。と言ったら、いい聞き取り練習になるという意味だよね。


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