社会の梯子

最近日本で「格差社会」という表現が話題になった。イギリスでも同じ問題があるようだし、アメリカの格差はひどいそうだから、世界中の問題だと思う。だが、基本問題は、家財の差ではないと私が思う。むしろ、社会の梯子から落ちることは可能という現実は問題だ。

それは何の意味かというと、人生に一回失敗したら、後で軌道にもう一度乗るのは難しいことだ。中学校から直接就職活動に入ったら、高収入の仕事に就くのは大変難しいし、生涯はそのままだ。そして、一回ニートになってしまったら、正社員になるのは無理に近いようだ。なぜなら、フリーターとして働いたら、生活を支えるお金を稼ぐには毎日10時間以上がかかるからだ。そのぐらい働いたら、人生を変える準備はできない。いかに訓練を受けたくても、いつも仕事か食事か睡眠か。新しい技を身につけるために暇もお金も必要だ。技によって、必要のお金はわずかな物になる場合もあるが、時間はいつもかなり多く要る。

だから、社会問題と取り組むために、フリーターなどの資格から脱出ための支援を設けたほうがいいと思う。先ずは、高校に通わなくても後で高校卒の資格を得る為の講座があるといいと思う。そして、同じように大学に入らなくても学士などの資格を得るための講座もいいと思う。イギリスではいわゆるOpen Universityがあるが、日本で同じような施設があるだろう。

だが、施設だけは足りない。上に言った通り、社会の梯子から落ちた人には時間やお金はない。だから、どうやってこの問題を解決できるだろう。一つは、最低時給を上げることだ。そうすれば、働く時間を減らしても生活が支えられるので、勉強する時間が作れる。そして、お金はまだ問題になる。最低時給をそれほど上げたら、会社のほうが厳しくなるだろう。だから、政府が勉強する為の奨学金を用意したほうがいいと思う。そうすれば、お金を教育以外な対象に使えないし、教育の本質も政府が見守れる。

この政策で問題の一分が解決できると思うが、他の側面がまだ残ると思う。だが、今日これ以上論じる力はないので、後でこの課題に戻りたいと思う。


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ: