できた

締切に間に合った。この一週間で毎日平均で2600語以上書いたが、私の目的にいたった。だから、今週の週末にちょっと休めると思う、先週と違って。まだ読書したいのだが、それは執筆より容易だ。頭の力はそんなに必要ではない。

とにかく、これから読む。

自由主義の基本

自由主義というのは、なんだろう。自由主義を讃えるのは重い責任だと私が思う。なぜなら、本当の自由主義は、すべきではないことを許す構想だからである。この意見に反対する人はいるのだろう。自由主義は、人を自由にすることだが、すべきではない行為は禁止すべきだから、許すわけにはいかないと思う人は多いのではないか。しかし、これは自由不義と呼べないと私が強調したいのである。

してもかまわない行為を許すのは、当然だ。如何に国民を弾圧しても、してもかまわない行為は許されているだろう。確かにしてもいい行為の範囲が狭くなる場合もあるが、緩やかな法律は自由主義と本格的に違うのではないか。自由主義というのは、一般社会と異なる生活を送りたい人を守るための構想だから、すべきではないことを許すのは重要なポイントだ。分かるために具体的な例を考えた方がいいだろう。キリスト教によると、神様を拝むのはすべきではないことだ。だから、日本でキリスト教が過半数を占めるようになったら、神道を禁止するのは、すべきではないことを禁止する方針にほかならない。ヨーロッパをみたら、キリスト教が歴史的にこの方針を取ったので、架空な例ではない。だから、キリスト教が普及しても神道の祭りを続ける権利がほしかったら、すべきではないことは許すべきだという自由主義を挙げるしかない。

だが、なんでも許すべきではない。明らかな例として、殺人を許すべきはない。だから、自由主義の立場から見たら、すべきではないことの中に許すべきことも禁止すべきこともある。区別するのは、一番重要な問題であろう。

私には、まだ完全な解決はないが、要素がある。最低限は、利益を与えることは許すべきということだ。一般社会も、与える人も、受ける人も、これは利益だと同意したら、すべきではなくても許すべきだと思う。この範疇にはすべきではないことはないと思うのは簡単だが、間違いだ。例を一つ挙げる。温泉に入るのは利益だ。(「利益」を広い意味で捉えてほしい。)だから、入浴権を日本人にしか与えなくても、みんなが「利益を与えることだ」と思う。すべきではないのは、外国人に与えないことだ。平等に入らせるべきだと私が思う。だが、これは最低限で自由主義によって禁止すべきではないことだ。

この最低限は、宗教の自由も、表現の自由も含まれていないので、自由主義はここで止まるわけにはいかない。だが、もう抵抗感を起こす構想になったので、今日はここまで。

母親同士

私は今日仕事したが、ゆり子がお昼を両親学級で出会った母親たちと一緒に食べに行ってきた。私が携帯の中の写真しか見えなかったが、五ヶ月前後の赤ちゃんがずらっと並んでいた写真は面白くて可愛かった。ゆり子のよると相談したり、喋りしたりするのはよかったそうだし、集まったレストランの環境もよかったそうだ。大きな個室にいて、授乳もおむつ交替もそのままできたという。真由喜も帰ったときにはご機嫌で笑顔だった。

私は、パソコンの前で執筆しようとした。一応できたので、締切にはまだ間に合えると思う。二日間で7000語を書くのは、無理ではないからね。こういう風に書くとちょっと怖いのだが。

社会構成

最近社会構成について考えるようになった。前から様々な倫理的な問題について考えたが、この一、二年間でもう少しまとめた概念を創ろうとした。このブログでも断片的にアップしたので、読んでくれる人にはもう分かるところがあるはずだ。(意見という範疇に入れたので、今でも読める。)だが、益々まとめて、企画にしたいと思うので、これから時々アップする。まだ断片的になるのはいうまでもないだろうが、積み重ねて企画にする予定だ。

目標はなんだろう。実現できる確率は極めて低いと思うけれども、政治の問題について考えたら、自分の方針があったほうがいいような気がする。社会の構成のイメージはなかったら、矛盾を抱える反応を出す恐れはなくはない。そして、企画があったら、ある程度政治的な活動するかもしれない。「ある程度」というのは、法律に許される面もあるし、暇がある面もある。在日外国人として、政治と関わる権利は制限されているので、ブログ以上にならないだろう。だが、私は、私のために自分の意見や理想を明確にしたいので、ブログで書いてもいいのではないかと思う。

そして、なぜ日本語のブログで書くことにしただろう。実は英語のブログでも書いたことがあるが、もう少し日本語で書くつもりだ。どうして日本語で書くかというと、日本の状況を考えて書くつもりだからだ。イギリス人なのに、日本に住んでいるので、日本の状況は私の日常生活と深く関わっている。一方、イギリスの状況はほぼ関係ないと言える。イギリスの政治に関与する程度にも厳しい制限があるので、それはあまり違わない。更に日本とイギリスの現状を比べたら、日本の現状のほうがいいと思う。確かに日本は完璧ではないし、イギリスの社会から学べることもある。しかし、全体的に考えたら、日本の社会のほうがよく構成されたと思う。その詳しいことを折に触れてこれから書くが、理想な国体を目指したら、日本の現状から出発するのはより無理はないと言いたい。一つの例として、最近の読売ポッドキャストによると格差社会を批判する日本人の割合は83%だそうだが、日本の格差はイギリスの格差よりまだ狭い。一言でいうと、日本では社会を維持したい人はより多いようだ。

今日はこの序文までだが、概ねに私の概念を紹介する。基本のは、自由主義だ。そして、人間を本当に幸せにする社会構成を目指して、他の生物との共存を大切にしたい。これほど抽象的な構想なら、異論するのは難しいだろうが、これから具体化して、反対する人もいるだろう。コメントを書き込んでもらえたら嬉しい。