神道を知る講座IV〜第一回

今日今年度の国学院大学での神道講座が始まった。今年のテーマは、神道の思想だから、興味深い。歴史の順番で紹介する企画だから、今週は記紀の思想を課題とした。

嵐先生が背景を紹介してくれた。奈良時代の隆盛の時期の初頭に日本書紀は作成されたと言ったが、思想を探るために日本書紀に基づくようだ。それは、少なくとも室町時代まで日本書紀は、正史として尊敬されて、拠り所になったからだそうだ。一方、古事記や万葉集は、日本書紀の解釈の補佐になったようだから、古代の思想を明らかにすることに、日本書紀のほうが効くだろうという。

一つの理由は、日本書紀のなかに「一書曰く」という部分は多いことだそうだ。それは、正反対の意味を持つ伝承を同じ文書のなかに納める方針で、日本人の「歴史の正確さを尊敬する」態度の成果だという。それは本当かどうかは、私に分からないが、少なくとも日本書紀には思想を解明するための要素は多いのは否めない。

そして、日本書紀を見たら、日本書紀の基盤となった伝承はなんだったろうかという質問を挙げた。先生によると、神楽、歌謡、祝詞は重要だそうだが、本紀と旧辞の大別があったと強調した。本紀は、天皇の系譜を中心にするが、旧辞は物語のような内容を占めると言った。同じ話が別な天皇に当てはまるのは、この原因から発生するという。そして、日本書紀の物語を考えたら、淵源まで遡れるかもしれないという。例えば神武天皇紀には埴土をとる話があるが、登場人物が翁と老婆の衣装を纏ってとりに行ったことから、これは古代の神楽の面影なのではないかと推測した。同じく三大神勅が弥生文化を映すことが分かるという。

ちなみに記紀神話から日本にはもともと男尊女卑の思想はなかったことが分かると言った。時代が下がるとその思想が中国からきて浸透することは明らかだが、古代にはなかったようだ。このように古代の思想が一応分かるために努力が必要なことは、よく分かった。

次回結論に向かってますます具体的な説明が聞けると思うので、次回を楽しみにしている。


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