今日は国学院大学のオープンカレッジの神道講座だった。だから渋谷に行ってきた。講座の後で渋谷での授業があったので、便利だった。
さて、今週の講座のレポートだ。今回は、前回の記紀の思想の続きだったが、前回より内容は多かったような気がした。教授がちょっと早めに計画を通ることにしただろう。最初に大事な点を強調した。それは、古代の神道に天のこと、雨のことは重大だったということだった。天は、アマともアメとも読まれたそうだが、海もアマと読まれたし、雨はアメやアマの読み方もあるそうだから、海の彼方から来た神様は天と関わっていただろうと述べた。これは確かに日本だけではないと言ったが、ちょっと珍しいことは日の神様があるのに、月の神様は重大ではないし、星の神様はほとんどないということだそうだ。要するに日本では夜には寝るだけだっただろうと言う。
そして生と死のことを検討した。いざなみの神の死の神話から分かることは、古代日本人にとって死は暗闇と関わることだったというのだそうだ。そして、魂が体から出たら空を飛ぶのは、日本武尊の神話から見られると言って、仲哀天皇の神話から天皇でも神様の言葉に従わないとすぐに死ぬことも分かると言う。
次は前回にも触れた男女のことだったが、日本の神話を見たら男尊女卑決してではなかったことが分かると述べる。中国やヨーロッパの影響でそういう風になったが、もともと双分社会だったという。江戸時代に入ったら最高神の天照大神は女神だということは、謎になったが、当時には当たり前だっただろう、と。そして、母系の財産も見えるし、結婚したら男性が女性のところに通うのは一般的だったということも挙げた。例外は天皇はずっと男系だったことだが、その説明には説得力はなかった。先生が言ったのは、神様からの系譜を保つためだったことだったが、先ず祖先の神様は女神だし、母系の系譜を尊重する社会なら、母系でも保てるはずだ。だから、もう少し深い説明が必要となると私が思う。
最後に天皇のことを語った。まずは「ミコト」という呼び方は、「御言」から来たという説はほぼ確定されたようだから、天皇は神様の言葉を受けた人だったと言う。そしてその呪術力を周りの臣下に配って、支配したという。采女というのは、豪族からの女性で、天皇と交わった人たちだったが、それは呪術力を受け取るためだったという。女性が男性の天皇のところに行くだけではなく、天皇が地方に行くときにも女性と交わることを表す神話もあるという。
これは、稲作と深く関わったという。稲を耕すのは難しいことだから、弥生時代に初めて培おうとした人が多く失敗したはずだ。だが天皇家にはコツが分かったので、天皇の呪いにしたがったら、お米が豊穣に稔るといったのではないか、と。確かにそういう風に影響力が高まるし、日本の文化のなかに稲の重大なところも裏付けるが、ああいう遥か昔の時について分かるのは難しいだろう。
さて、間もなく授業が始まるが、これは今日の講座のあらすじだった。興味深かったので、次回の次の神道思想の段階についての説明を楽しみにする。
コメント
“神道を知る講座IV〜第2回” への3件のフィードバック
天皇はずっと男系だったではありません
応神天皇、齊明天皇…たしか女皇の出現は何人もいた
でも天皇と交わった人たちは呪術力を受け取るためだったということは初耳ですね。
東方の国々は呪術力を引き受けるにはまず「血を引く」ってことです。
また地方神社などのお巫子さんになるには、たしか乙女でなければならないだそうです。
ところで、国学院大学はまだ工事中だと思いますが、授業中うるさくないですか?
Sherryさん、いつもコメントをありがとうございます。応神天皇は男性だったと思うが、持統天皇、推古天皇を初め確かに女帝がいました。しかし女帝の子孫が天皇になれなかったという。男性の天皇の娘は男系に入るので、そういう女性が女帝になれたようです。采女の話は、私も初耳でしたね。確かに世界中そういう話もありますが、Sherryさんが言った通り日本では普段は違います。
工事のことなのですが、前回は本当にうるさかったですが、今回のほうがマシでした。授業の時間を避けてもらうかもしれません。
すみません、応神天皇は男性です、
彼の母親の神功皇后と間違ったです^^。。。