近世の形成

日本史講座の第5巻を読んだ。いわゆる戦国時代と織豊時代をカバーする本だが、あのころの社会的な変転は著しかったのはよく感じた。(ところで、織豊の省略の読み方はなんだろう。辞書に入っていないが、オトヨかショクホウかそれ以外の特別な読み方かわからない。)戦争はおろか、ヨーロッパとの初接触、秩序の形成、生産の改革、宗教の変貌も同時に伴ったようだ。よく考えたらこれは驚くべきではないだろう。社会が変化すれば、あらゆる面で変化が可能になるだろう。関わっていた変化も少なくなかったようだし。

こういう時代について読めば、長く続けてきた慣習が余儀なく変化されたことは顕著だ。変化を妨げようとした人を今から見れば、知恵が欠いていたように見えるだろう。時代の流れを理解しなくて、影響力などをすぐに失った人は多かったようだ。確かに人の立場によってそれは異なる。例えば、毛利氏から見たら、信長や秀吉の台頭を防ぐのは可能だったろう。しかし一般の町民か(といっても、町民そのものは近世の存在だったと言えるようだが)、寺院か、下級大名かさえ時代の流れに背くのは無駄だった。

それを現代に比喩すれば、適切な態度は何だろうと思ってくる。何も挑戦しないと、日本の近世の初頭のように厳しい階級社会が生まれる可能性もあるし、最悪戦国時代に陥る可能性もあるので、ただ時代の流れをそのまま受け取るべきわけはない。といっても、現代の著しい技術の進歩や変化のなかで、昔のままを讃える意味はない。変化が来るのは確かだが、どういう変化になるかに、まだ一般人にでも影響が与えられるだろう。

戦国時代の最後に、結局武士が指導力を握ってきたが、地方の一揆がちょっと異なる道を歩んだら、より平等で民主的な社会が生まれただろう。今日の社会の行方をちゃんと考えたほうがいいのではないかと私が思う。

さて、これからしばらくの間このシリーズを休むことにした。もう少し日常生活と関わる本を読むことにしたが、神道の読書を止めたくないので、これから数ヶ月歴史の本を置く。近世の初頭で日本史を切るのは適切なのではないか。


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コメント

“近世の形成” への2件のフィードバック

  1. HANOIのアバター
    HANOI

    織豊の読み方は「ショクホウ」で正解です。

  2. チャート・デイビッドのアバター
    チャート・デイビッド

    教えてくださってありがとうございます。謎が解かれました。