政治家と民主主義

昨日Foresightという日本のニュース雑誌で日本の国債についての記事を読んだ。日本の国債はひどいことは有名だが、どれほどひどいか分からなかった。GDPの二倍に近づくなんて、あり得ない。ちょっと前の環境問題と同様に、これも政治家が自分の任期に難しい政策を避ける現実の結果だと言える。日本の債務を減らすため、増税プラス年金カットなどが必要となるので、政治家がそうしたら、選挙で敗北してしまうはずだ。

だが、もう少し広く見たら、これは政治家の自己主義に止まらない。民主主義の制度で、政治家の義務は、有権者の希望に応じることにあると言えるだろう。だから、有権者の大半が環境を破壊したかったら、目覚ましい国債を積み重ねたかったら、政治家がそれに従うべきだと言えないのだろうか。民衆の意志を無視する政治家はむしろ悪質な政治家だと言える。

そう言ったら、民主主義の芯にある問題が浮き彫りになる。民衆の大半は、希望の結果をあまり考えないので、民衆の意志に従う行為は、災害をもたらす。

だが、他の選択肢は何だろう。イギリスの第二次世界大戦の時期の首相のチャーチルが言ったと言われた言説は、「民主主義は最悪の政治制度だ、他の全てを除けば。」ということだ。要するに民主主義の問題は深くて深刻なのだが、違う制度を見たら、より深刻な問題がある。政治家が民衆の意志に従えば問題があると言ったが、そうしないと本当に政治家の自己主義に基づいた国家があるので、より大変な問題が発生する。元ソ連やミャンマーを見たら分かるだろう。だから、確かに民主主義には問題があるが、民主主義を排除したら問題が解決しない。

少なくとも、解決方法があったら、純粋の民主主義にはないと言える。政治をより良くするために、民主主義と違う要素を使う必要があると私が思う。一方、民主主義は基礎ではなければ、歴史に見える問題が発生するに違いない。このバランスをどうやって取れるか、私もさっぱり分からないので、民主主義を擁するしかない。だが、理想な政治制度だと言えない。

家族会議

今日、東京の地方でも天気がかなりひどいが、西日本のほうが大変なようだ。それはともかく、お出かけするのはむりだから、家でのんびりする事になった。その時間で、私とゆり子が家族会議を行った。それは、四半期ずつに行うことで、家族の中期や長期のことを話し合うことだ。今日の話題は三つあった。一つは、夏イギリスに行くときのことだった。普段の日々にはちゃんと打ち合わせできなかったので、会議に入れた。

そして、先月のエコカレンダーもした。それは毎月することになるが、初回は家族会議で。エコカレンダーは基本的には費用した電気やガズを計算することだが、エコのことに認識をアップする行動だから、続けたら影響があるはずだ。

三つ目の課題は、震災だった。先ず、室内の準備を話して、ゆり子が必要な品物を探す。次は、非常用品の事をちょっと話した。最後に、いざとなる時の反応について話した。連絡方法などを確認して、家にいる内に地震が発生したらどうすることも決めた。やる事が分かったら、パニックする確率が下がるようだからだ。

だから、やってよかったと思う。次回は何の話になるのだろう。

キャンセルだらけ

今週の授業はなぜかキャンセルだらけになった。七人が授業をキャンセルしたので、結局半分ぐらいはなかった。今週の家計が赤字になるのは避けられない現実だね。それぞれの生徒さんには重大な理由があるので、仕方がないが、何で同じ週に七人が出来なかったのだろう。対策はないと思うし。半分が休んでも収入が水準を満たすようにしたら、皆が授業を受けることにしたら無理になってしまうからだ。

つまり、この記事は愚痴だ。

呼ばれたかな

ビッグニュースだ。昨日のことだが、ゆり子と真由喜が近所の親子友達と一緒にお昼しに行ってきてから、真由喜がプレーマットの上で遊んでいた。私のオフィスのドアはちょっと開いていたが、真由喜がハイハイして、私が見えた場所まで辿った。

そして、「ダダ」と叫んで、ドアにハイハイして、手でドアを押そうとした。やはり、私と遊びたかったしか思えない。そして、私を「ダダ」と呼んだようだ。これも親バカだと思う人もいるかもしれないが、もう話し始める時期に入ったので、はっきりしていない単独の言葉を発言する可能性はなくはないと私が思う。大変嬉しい。

といっても、寝る時間になったら、私がだっこうしたら号泣した。手でも足でも私を退かそうとしたし、泣き止まなかった。とうとうゆり子に渡したが、飲みながら寝たようだ。寝る時間は親に大変だよね。