神道を知る講座IV〜第五回

國學院の神道講座が続いた。今日、岡田先生が吉田神道を説明した。先生によると、先生の先生と先生の先生の先生(分かりにくいのかな)が吉田神道についえての叢書を著したそうだから、詳しいはずだ。確かに、演説の内容はかなり詳しかった。

ご存知の通り、吉田神道は吉田兼倶という人物に唱えられた神道だ。吉田兼倶は、室町時代末に生きていたし、神祇官と深く関わっていた卜部氏から出自した。吉田家が、鎌倉時代に、日本書紀を家学にしたので、日本の古典に詳しく、文庫には貴重な書籍がたくさん蓄えたようだが、残念ながら吉田兼倶の息子の時代に罹災して、ほぼ焼失してしまったそうだ。

さて、吉田兼倶が吉田神道を唱え始めたのは、36歳の頃だったと言う。そして、三十年渡って、朝廷や公家に発表したり、説明したりした。吉田兼倶自身が著した書物は本当に少ないそうだが、聞書きは多いようだし、その聞書きは本当に詳しい。先生が現代の学生と比べて、最近完全に聞書きするのが稀になったようだ。確かにそうだね。私のメモは、本当に重大の点のみだよね。

吉田神道の内容は、仏教、特に密教、儒教、道教などから強く影響を受けたそうだが、二つの部分に分かられてそうだ。一つは、いわゆる「顕露教」だったという。先生の説明は、これは宮中で行われた祭祀などを指す言葉だった。要するに、或る程度公で広く知られた神道だった。それに対して、「隠幽教」があった。それは、吉田兼倶によると、吉田家のなかで秘伝として伝わってきた神道だったが、実は吉田兼倶が想像した神道だと先生が言った。

吉田神道の主張は、神道は他の宗教の本だということだったという。日本に存在する宗教を木に例えて、神道は根幹、儒教は枝葉、そして仏教は花だと言った。これはいわゆる反本地垂迹説だが、日本の仏教の神道の神は仏の権現だという説を逆にして、神道の神を本地にしたようだ。そして、記紀から拾った国常立神という神を絶対神のような存在にして、太元尊神という呼称を付けた。

重んじた書籍には、日本書紀はもちろん、中臣祓も解釈したようだ。講義の最後のほうに、その一分を紹介してもらった。吉田神道の中臣祓は、現在に使われたのとほぼ同じだが、相違点はある。そして、解釈の中で吉田兼倶が主張したことには、三つの興味深い点がある。先ず、人間の心と神は同じ存在だと言う事だ。その上、国常立は人の心だ。神と人間の一体化だ。

そして、祓を唱えたら、言葉が分からなくても、音が体に響いたら浄化するという。祓詞には呪術的な力があると言ったようだ。

最後に、神道には本当に秘事はないが、信じさせる為に秘密にする神事があると言ったことだ。これは確かに説得力がある説だ。人間は、秘密があると言われたら、なんと憧れる場合は多いのではないか。私も同じ気持ちがあるし、推理小説も同じ気持ちで惹かれるだろう。

ところで、ちょっと私が一安心になったこともあった。講義で、先生が昔の日本語で書いてあった文章を読み上げたが、時々発音が不明になって、ちょっと迷た。そういう専門家にも問題があったら、私が歴史についての本のなかでそういう日本語に遭ったら、簡単に読み方が推測できないことについて心配しなくてもいい。よかった。


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コメント

“神道を知る講座IV〜第五回” への2件のフィードバック

  1. sherryのアバター
    sherry

    岡田先生はお元気ですか^^
    昔私の担任教授でした、かなり物知りの博士です
    「顕教」と「密教」に分ける宗教は吉田神道だけではなく
    日本仏教の天台宗も真言宗も顕/密に分けている

    以前、出村勝明博士の「吉田神道の基礎的研究」を読しだが、難しくてあまり理解しなかった…
    覚えてるのは、現在の神社が一般的に行なっている祭祀作法とは、かなり違う神事作法が書いてある、どうも道教ぽい神事だと私の考えです。そしてこのような神事を行なうとともに何かになるだと知り、族以外の人には教え禁止で秘伝になった(特に素人がやると厄介になるもの)のかもしれない。

  2. チャート・デイビッドのアバター
    チャート・デイビッド

    Sherryさん、コメントをありがとうございます。岡田先生は元気に見えました。

    講義でも、岡田先生が吉田神道の神事作法を紹介してくれました。録音した吉田神道系譜の祭祀を再生しましたが、確かに現代の神社の祭祀と大きく異なる雰囲気ですよね。國學院の神道博物館で吉田神道の祭壇の再現があるそうですから、時間があったら見に行きたいと思います。岡田先生は、「使い方が分かりませんが、祭祀道具も祭壇も絵詞などによって作りました」と言いました。やはり、時代が下がる次第、神道も大きく変わってきましたね。