環境問題が災害になる理由

よく考えたら、地球温暖化が災害になると思わざるを得ない。なぜなら、政治家が災害を防ぐとは思えないからだ。それはなんでかというと、政治家には世界に住んでいる人の命はおろか、国民の命は支持率ほど大事なことではないからである。これは、日本の政治家には限らない。イギリスの政治家も、アメリカの政治家も、同じだ。

温暖化を止めないと、災害が起こるのは予想できる。だが、まだ予測に過ぎない。防ぐために、温室効果がすの排出量を大幅に削減する必要がある。そうするために、経済に悪い影響を与えるしかない。もう経済を保ちながら削減する余裕はないからだ。例えば、車を禁じたら、必要な削減に近づけるが、トヨタの営業を初め、経済や生活を悪化することはいうまでもない。

では、仮に勇気がある政治家が必要な対策をとるにしよう。世界中の政治家がそうしないと意味はないので、世界中なことにしよう。あり得ないといえるね。でも、そうしたら、災害がおこらない。そして、国民などは、「あの苦しい政策は不要だった。何も災害はなかった。政治家に騙された。」と言って、選挙で政権を変えるはずだ。2000年問題の前例を見たら、結局対策が効いたので、大きな問題にならなかった。そして、「不要な経費だった」という声は少なくなかった。対策の重さが感じるが、災害が防がれたら、救済の感じは全くない。国民一般だったら、環境災害乎防いだ政治家は選挙で敗北するはずだ。

だから、政治家から見れば、効果がある対策を執行するのは、自分のキャリアを殺すと等しい。世界中の政治家がそういう政策を執行しないと、災害になる。だから、災害になると予測できる。


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