神道

また「神道」という本を読んだ。今回、「日本史小百科」というシリーズの中の一巻だから、神道の歴史は主題だった。もう神道についての本を数冊読んだことがあるので、もう知っていたところは多かった。しかし、新しく知ったところも多かった。なぜなら、この本で神仏習合がある程度焦点になったからである。前に読んだ本は、仏教のことをちょっと避けたと言える。完全に避けたと言えないが、この本のほうが詳しい。

例えば、修験道についての章がある。読んだら、修験道の曖昧さがよく分かる。神道の神様は重大な役割を担うが、目標は仏教的だし、仏や菩薩との関係も強調されたようだ。神仏分離の時に、修験道の修験者が殆ど仏教に入ったようだ。一方、八幡信仰は、古代からの仏教色は濃かったようだが、分離の時に神道になった。実は、この本の説明に依れば、岩清水などの八幡神社は、修験道と同様に曖昧だった。石清水八幡宮は、建立されてから僧侶に管轄されたし、神事も仏教の教学に基づいたそうだ。その上、太古から八幡の呼称は「八幡大菩薩」だったので、仏教との密接な関係は明らかだ。熊野信仰も仏教と深く関わっていたようだが、八幡ほど本は詳しくない。

分離の時を考えたら、修験道は廃止されたが、八幡信仰は神道の柱になった。仏教色はほぼ同じだったら、何でだろう。それは、古代から八幡さまは応神天皇だという説があったからだろう。要するに天皇制度を支えるために、皇室の先祖を神道の枠に入れようとしたのではないか。修験道は、独立して皇室とは関係はあまりなかったので、明治政府には問題になりそうな存在だったと言えるかもしれない。では、これは私の推測に過ぎない。

ところで、三種神器についての章もあるが、記紀ではその三つの神器がはっきり現れないようだ。むしろ、鏡と剣は明らかだが、勾玉は後世の文献に三種神器に加えられたようだ。最初からあった可能性もあるが、重視されていないようだ。その上、章の最初に指摘したことは、よく考えたら、興味深い。即位の儀式に使われた剣は、本物ではない。伝説を信じても、本物は熱田神宮に鎮座される。鏡もずっと伊勢にある。そして、この状況は、古事記の時代から続いてきた事実だ。これを受けて、八世紀に依然の神話を大和朝廷の歴史と結び付こうとしたのではないかと思わざるを得ない。

この本を読んで、益々感じたのは、「本物の神道」というのは、無理だ。現在の神道は偽物ではないが、歴史はそんなに深くはない。というより、断絶しなかった流れが少なくとも八世紀まで遡るが、現状は源泉の状況と大きく異なる。だが、歴史の瞬間を選んで、「これは本物だ」と定めることは出来ないだろう。始祖があったら、始祖の時代を本物として捉えられるかもしれないが、それさえ疑わしい。始祖のない神道の場合、一番古い神道イコール本物という基礎は全くないのではないか。そして、江戸時代の神仏習合の神道を本物として挙げる傾向もあるが、それも拠点はないだろう。時代の転回と一緒に神道の展開が続いたので、思想も実践も偽物の範疇に無理矢理いれて排除するのは、無理だと私が思う。


投稿日

カテゴリー:

,

投稿者:

タグ: