私は英語での神道についてのメールリストに登録している。神道が全く分からない人から神職までのメンバーがあるので、メールの内容は場合によって大きく異なる。何もない時期も多いし、ちょっと馬鹿な話の場合もある。だが、この数日間、興味深い話題が多くなってきた。それをちょっとピックアップして書きたいと思う。
主に日本では、神道はどれほど知られているのかという問題が挙げられている。ある人が次のようなエピソードを紹介した。
その人が本屋さんに行って、神道についての本を依頼した。十代の女の子の店員に言葉が分からなかったという。行った人は外国人だから、発音が悪かったと思って、辞書の中で言葉を見せたそうだ。見せても、言葉自体は初耳だったようだが、「神社にお参りしますか」と聞いたら、「はい」と答えてもらって、持ったお守りを見せてもらったと言った。お守りを持っても、「神道」という言葉さえ分からないのは、びっくりした。その人の結論は、「十代の人は馬鹿だ」ということだったが、知っている若者もいると思う。
といっても、仏教と神道を区別できない日本人が多いのはよく言われる。二百年を遡れば、許しやすい問題だが、明治維新の神仏分離以来、区別しやすくなったので、基礎知識さえあればほとんどできると思う。(例外の鳥居があるお寺もあると聞いたし、鳥居のない神社もあるので、難しい場合はまだあるが、極めて少数だと思う。)
原因は分かりやすいと思う。一つは、公立学校で宗教の教育は全くないことだ。教えてもらわないと、特徴がいかに目立っても特徴の意味が分かる人はないし、特徴に気づく人も少ないだろう。少なくとも、教育はなかったら、特徴は特徴だということは分からない。要するに、鳥居に気づかない日本人は少ないと言いたいのだが、鳥居は神社の標だということに気づくために、努力は必要だから、それが分からない日本人がいるだろう。
もう一つは、日本人は「無宗教」な民族だというイメージだ。これは現実にあっているかどうかは微妙だと思うが(後述する)、そう思う日本人は多い。自分は無宗教な人だと思うなら、宗教の知識を無意識で避ける傾向は強い。自分の自分についてのイメージを損なうと判断する行為を避けるのは人間の心理なのではないか。無宗教な人は、宗教には詳しくないと思う人は多いし、常識に近い判断だから、宗教の知識をちょっと避ける日本人は多いのだろう。「神道」という言葉を知っても、明治神宮には明治天皇が鎮座されるということが分からないし、知ろうとしない人は多いだろう。
だが、日本人は本当に無宗教なのだろうか。初詣をしない人は少ないし、しない人の大半は、キリスト教などの宗教の信者だと言われる。日本人の常識では、無宗教な人も初詣したり、お守りを持ったりするので、そうしてもイメージとの矛盾を感じないのではないだろうか。実践から見れば、「無宗教」は過言なのではないか。「宗教」の定義によるが、お守りを持つ人には宗教色があると言えないだろうか。
神道を考えたら、知識は必要はないと言えるだろう。実践したら、神道と接することはできるからだ。祭神が分からなくてもお参りしてもいいのではないかと私が思う。神様の存在さえ信じなくても、お参りしてもいいと言いたいのだ。
ただ、「神道」の言葉を聞いたことがあったほうがいいだろう。
コメント
“神道の知識” への2件のフィードバック
こんにちわ
面白い写真です、金ばつのお巫子さん
http://blogs.yahoo.co.jp/zan57573/GALLERY/show_image_v2.html?id=http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/bb/27/zan57573/folder/421932/img_421932_13388927_0?1216706362
若い日本人には、
神道とはすでに学問レベルのこと、
神社やお守りとは常識のこと
…と私の理解です
Sherryさん、コメントをありがとうございます。金髪のお巫女さんはちょっと普通のイメージと違いますね。紹介してありがとうございます。
神道とは、すでに学問レベルですか。私は、まだ神道という言葉を知らない日本人とあったことはないと思いますが、待ったら会うようですね。