昨日書いた通り、今日も読書専念で、歴史の本を読み終わった。近世社会論は、タイトルの通り、江戸時代の様々な側面からの検討が修められた本だ。章ごとに内容が異なるが、興味深いことは多い。
例えば、身分的周縁論という章に大坂での宗教者の統治のことが論じられた。ここで神仏習合の密接さが明らかになるので、興味深い。大坂で、お寺は限られた地域にしか設けることは許されなかったが、浄土真宗と神社は例外だった。吉田家に管轄された神職も、白川家に支配された神職も別の組合として認められたそうだし、宗教的な行為も抑制されたようだ。勝手に家で神棚を設けて祈祷などするのは禁じられたようだが、それは現在のような家庭用な神棚を指すかどうかは私には分からない。少なくとも、その神職の扱いは陰陽師や修験者の扱いと等しかったようだから、やはり近世の制度と近代の制度が違うし、伝統を掲げるなら慎重に検討するのは必要のようだ。
そして、学芸についての章もあって、江戸時代の識字は広く浸透したようだ。三都だけではなく、地方にも上級農民が蔵書を持って、数百冊も集めたようだ。あの時の本は比較的に高い価値だったはずだが、そのぐらい多く本を持った人がいたのはびっくりした。この人は特に学者ではなかったが、やはりインテリの人だった。本に興味を持つ人だったと言ったら差し支えないだろうが、興味だけでそのぐらい集めるなど、素晴らしく思う。因に誹諧だ大流行したときにあの層が漢詩に逃げた事実は、興味や好みより、自分の社会的な位置を固めるためのほんだったのだろうかと思わせる。
朝廷についての章もあるし、下層の労働者についての章もあるので、近世社会は重層だったことを感じさせる。そして、現在についに例えてしまって、私がどういう人たちに例えるだろうと思ってしまう。公家ではないことは明らかだが、本を集める人たちか、純労働の人たちか、庄屋層になった人たちか、分からない。(純労働ではないはずだが。)二百年後歴史学者が現在を鑑みると、どういう風に捉えるかというのは、興味深い問題だと思う。少なくとも、今私たちが重んじる問題や犯罪を全く違う捉え方にするはずだと私が思う。