神道を知る講座IV〜第8回

今日第8回の神道講座に行ってきた。今日は前回の垂加神道の続きだったが、前回が山崎闇斎に重視を置いたのに対して、今回が垂加神道の教えを中心にした。

まず、前回ちょっと説明してくれた「垂加」の呼号の本についてより詳しく教えてくれた。人のこころの状況を重視するのは、中世からのことだったが、垂加神道で独特な形になったという。正直な心を持つことは、中世から重んじられたそうだが、垂加神道での解釈には二つの特別な点があったそうだ。一つは、この正直で降神があっても、その状態が永遠まで自然に続く訳はないことだそうだ。むしろ、人間がそういう状況を慎重に維持しないと、失うと述べた。維持する間に神人合一の状態が続くと述べたので、心で神が宿るという発想だったそうだ。

もう一つな特別点は、モデルとして挙げられた神様だ。それは、大国主神だった。古事記や日本書紀で大国主神の前で少彦名(すくなひこな)命が現れたが、大国主神が「お前は何者か」と聞いたら、少彦名命が「吾はお前の幸魂・奇魂(さきみたま・くしみたま)である」と答えたという。それを聞いて、垂加神道の節のよると、大国主神が自分の状況に悟って、心の中にこういう神が宿ることが分かったそうだ。だから、赤い玉を抱きしめている大国主神の掛け軸が作られたという。赤い玉が日を象徴して、それは心の中に宿った神を表すという。この縁でかどうか分からないが、垂加神道が出雲大社と深く関わったそうだ。

そして、儒教の影響を受けた神道だから、天皇に対しての態度を語る必要があるのは明らかだ。天皇を重んじたのは言うまでもないだろう。だが、天孫降臨の時に皇祖が天から降りて、地上にも日の神がいたと信じたそうだ。ようするに、天皇は日の神の子孫だけではなく、日の神そのものだということだそうだ。地上には日の神がいるからこそ混乱が治められるといわれたし、天皇は国神より位置は高いので、直接参拝するわけにはいかなかったそうだ。

だが、天皇には個性があるので、今上天皇が悪質な天皇であるとすれば、どうすべきかという質問は重大だったそうだ。中国での儒教の正統的な答えは、革命があるということだったそうだ。ようするに、天命が悪質天皇から新しい天皇に移るということだ。闇斎がこの説を強く否認したという。むしろ、臣下の義務は我慢することだと述べた。如何に悪質な天皇であっても、長くても数十年に崩御するので、次代の天皇には良質な人が望めるという。垂加神道家が天皇が悪質でも、神徳がまだ三種の神器に残るので、天皇を仰ぐ必要はまだあるというそうだ。

革命を認めない理由の一つは、数十年我慢できないから、数百年の乱世を招くからだそうだ。確かに謀反を犯すと国が混乱に陥るので、気軽にするわけにはいかない。だが、悪質天皇は、弾圧するだけではなく、弾圧させることもある。悪質天皇が無垢の人の殺しを命じたら、どうしたらいいだろう。命令に従えば、それは重い罪になるだろう。だが、叛けば、それは謀反と等しいだろう。だから、悪質天皇に叛くのは罪だと認めても、やるべからずとは限らない。犯させる罪は積み重ねて謀反の罪より重くなったら、むしろ叛く義務があるのではないか。

これは民主主義の利点の一つだ。天下人が悪質であれば、次の選挙で払い出せるが、選挙で政権交替があるのは国家の構成だから、混乱を一切招かない。内乱は大変だが、防ぐために主君の位置を固めるより揺らいだほうがいいという矛盾のように見える現実があると私が思う。

講義の後で、神道資料館の案内を岡田先生にしてもらった。資料館は今月改造後で再開したそうだから、新しいところを紹介してくれたがったようだ。本当にいい資料館になったようだった。神道の様々な面が紹介されるし、模型も多い。できれば、ゆっくりで見たいと思うが、開館日は丁度私の仕事の日と重なるので、いつ行けるかちょっと分からない。入館料は無料だし。

ところで、資料館でもう一人の受講者の方に話しかけていただいた。その方は、私のブログをご覧になるそうだが、ちょっとびっくりした。まさか人がこのブログを読むと思わなかったほどだ。だが、読んでいただければ幸いさから、本当にありがたい経験だった。その方の名前を聞くことをちょっと失礼ではないかと思って、遠慮したが、今日の記事も読むはずだから、ありがとうございます。

では、國學院の事務の人にブログの存在をばれた、というより教えたと言ったほうが相応しいだろうが、きょう恥ずかしい変換ミスはないように祈って已まない。


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