階段遊び

真由喜は階段遊びが大好きだ。家には一つの段差しかないが、あれも上がったり下がったりする場合は少なくない。大島に行ったときに、港での待ち合い場所の中に階段があったが、何回も私の手をつないで登ったり下ったりした。ちょっと疲れてきてしまったね。そして、一昨日三人で結婚記念日のお祝い食事に行ったが、レストランで二つの段差があった。真由喜が喜びながら登って、そして回って下った。そして、繰り返し。私はもう自分の赤ちゃんの頃が覚えられないので、楽しさが分からないが、真由喜が楽しんだらいいね。ちょっと見守る必要があるけれども。

神道を知る講座IV〜第7回

昨日は國學院大学での神道講座だった。夏休みが終わって、昨日から再会した。今年度の神道思想のテーマで、今回と次回は垂加神道をテーマとする。垂加(すいか)神道というのは、山崎闇斎という人に発生された神道の宗派である。(なぜか、パソコンで垂加も闇斎も用意に出てこない。ちょっと学問的な言葉だろう。)闇斎は京都で1618年にいうまれ、1682年に死亡した。少年の時代延暦寺や妙心寺で仏教を勉強したが、天才として認められ、30歳に京都に戻って還俗した。あのころから朱子学をよく勉強したそうだが、神道も勉強した。妻は、下鴨神社の社家の娘だったというし、時間が経ったら様々な神道者と接したという。特に伊勢神道も吉田神道の伝授を受けたようだ。それは大変珍しかったと教授が言った。基本的には、一つの流と属したら、他の流に認めてもらえないようだ。実は、伊勢と吉田神道だけではなく、土御門家の阿部神道、賀茂社の神道なども受けたそうだ。才能は必要だが、当時の寺社奉行は闇斎の仲間だったことも無関係ではないだろう。

さて、殆どの神道流を汲んで、儒学も加えて、いわゆる垂加神道を発生した。塾も開いて、闇斎の弟子も多かったし、影響がある役に就いたことは多かったようだから、垂加神道の影響も強かった。講義で一つの例として出雲大社のことを挙げてもらった。闇斎は江戸にいた間に出雲大社から寺社奉行への依頼が来たそうだ。その用件は、遷座だったが、当時の神仏習合の形の神社ではなく、現在にある神道のみの形にしたかったようだ。ただ、それに大変な費用が必要となるので、幕府に依頼するしかなかった。闇斎の考え方で、仏教を神道から払拭すべきだったようだから、この依頼を擁した可能性は高いという。経緯はなんであっても、結果は出雲大社の変貌だった。

もう一つの重大な絆を挙げたい。伊勢神道には神道五部書という重大な教書があったが、中世や戦国の混乱で大事な「倭姫命世紀」という一部がなくなったそうだ。だが、闇斎が上加茂神社で写本を見つけたので、吉田神道だけではなく伊勢神道とのコネができたという。(残った逸文や引用から本物だったことが確認できたというし、今も度会家によって中世に著された本として認められている。)

垂加神道の内容について少しだけ語ってもらったが、呼称が発祥した中心的なところだった。それは、祈祷するときに神様からの加護を貰おうとするが、その条件や本は自分の心の中の正直だということだった。闇斎によると、心も祠だという。要するに、神聖な魂が心に潜むからこそ祈祷したら神様が応じるということだ。正直はなかったら、神聖さが欠けるので、祈祷の応えは期待できないそうだ。つまり儀式だけではなく、日常的な行動などにも重視を置いた。

次回は、もう少し垂加神道の内容が明らかになると思うので、楽しみにする。

日本の五周年

2003年10月1日に私が日本に到着した。あの時五年後日本に住む、さらに日本人の妻と娘と一緒に住むとは思いも想像もしなかった。一年で帰国するはずだった。やはり人生が意外に変わるよね。まだ日本に住むことが好きだから、すぐに帰国するつもりはない。むしろ、ゆり子のほうがイギリスに住みたいようだ。だから、帰国する可能性はまだあるが、危機がなければ少なくとも数年後の話だ。

日本に住む次第、日本人も日本の文化もますます好きになってきた。そして、どんどん現実的な国に私の頭の中でなってきた。どういう話だろう。西欧から見たら、いや、西洋から見たらと言おう、日本は不思議な外国で、別な惑星のイメージがある。見る日本の側面は対照的で印象を与える側面ばかりだからだろう。例えば、相撲の力士は、イメージ的には欧米のスポーツ選手と極端的だし、芸者も欧米には全くない存在だ。お寺も神社も別世界からの訪問者のようだし、歌舞伎などは不思議でたまらない。アニメも欧米のアニメーションと違うし、アイドルの文化は欧米にはないと言える。だから、欧米から見たら、ただ不思議な世界に見えるだろう。「Lost in Translation」という映画は象徴的だろう。

だが、住んだら、日常生活を送ったら、日本の現実的な側面に接することは避けられないのでコンビニの便利さや電車の信頼度などが主な印象になる。あるところに芸者や歌舞伎役者がいるが、見たことはテレビ越しだけだ。一方、コンビニやダイヤ通りの電車は身近な存在だ。日常的な不便な点も浮き彫りになる。なぜATMは無料ではないかとか、なんで銀行のATMは24時間ではないか、役所で用事を済ますのは、なんでこんなにややこしいのか、などのことがジュニアーアイドルがいるから日本人はみんな変態だという批判より重大に見えてくる。(日本で本物のジュニアー相泥写真集を見たことがあるだろう。あっ、はい、表紙を見た。)

だから、現実的な側面が馴染む次第、日本は「すごい」、「大変」、「不思議」の反応から、ちゃんとした感情的な反応の対象になる。ATMは不便だが、Amazonの無料配達は翌日着だ、など。そして、日本にいれば、日本人と接して、日本人にはいい人は多いことが分かる。妻や妻の家族は勿論、英語の授業を受ける人も、白幡さんでの人も、道ですれ違う人も、いい人は多い。

ただ、ちょっとがっかりすることがある。日本にいるじかんが長くなればなるほど、私の日本語に驚く日本人が少なくなることだ。「二年だけ!」ではなく、「あぁ、もう五年か。なるほど」という反応になりそうだ。寂しいな。