寝てしまった

いつもの通り六時半ぐらいに起きた。そして、ゆり子と真由喜も起きたら、朝ご飯を食べた。皿を洗ったりしてから、もう十一時すぎたが、眠くて頭が痛くなって、また寝た。

四時すぎたら、また起きた。

やはり、先週は大変寝不足だったね。今も完全に復活していないが、朝より大変ましだ。今日も夜遅くまで起きないようにするので、明日の真由喜との一日のために元気になると思う。

ところで、キッチンの電気を修復した。私が眠っていた間に、ゆり子が100円ショップに行って、マイナスドライバーを買ってきた。それを使って私が電気のカバーを外した。電球を替えたが、カバーを戻すときに大変気をつけた。二度と同じことにならないようにね。如何にデザインが悪いと言っても、問題になったら損を受けるのは、デザインした人ではなくて私たちだから、デザインの欠点を補うために私たちが努力した方がいい。だから、付けていた間に、数回外せたことを確認した。ちょっと外す方に回せたら、外せるはずだから、完全に外さなくてもいい。

できて、安心した。キッチンには明かりがあるといいね。

又話が変わるが、今日の範疇は「様々』だから変わってもかまわないだろう。真由喜のことなのだが、もう鏡の中の真由喜は自分だということが分かるようだ。数ヶ月前から「分かるかな』と思ったが、今日鏡を見ながら自分の格好を変えて、楽しんでいる姿が見えた。明らかだよね。

赤ちゃんから卒業して、幼児に入学しつつあるね。

では、我が子のことも書いたので、わが子という範疇にも入れた方がいい。

いよいよ週末

丁度今今週の仕事が終わった。実は、東京での用事は多く、今週希望の通り仕事はできなかった。執筆は、8000語から6000語に減らしたし、編集は最低限になってしまった。読書は水準に満たしたが、週末にも読書しないといけないと思う。(できれば、週末に英語の読書もしなくてもいいようにしたいのだが、今週できなかった。日本語の読書は基本的には練習のために毎日するので、週末にも怠らずするのは通常だ。)

しようとする仕事の量は多すぎるのではないかと思う場合もあるが、減らせるところは見えない。今の収入だけではなく、将来のことも考えなければならないので、様々な工夫や戦略を使う必要がある。読書は、全ての仕事の基盤になる。読書抜きに編集も執筆も教えることもできない。とはいえ、直接に収入と繋がらないことは明らかだろう。読むために雇用されたのは、大学の教授ぐらいだろう。教える仕事や編集は、今の稼ぎ方だ。執筆は、将来の戦略だ。だから、廃れられる道はないのは否めない。

より苦労する方は多いのがよく分かるし、私の人生は全面的に辛いとも全く言えないし、努力は誰にも必要だというのも認めるが、疲れた週の最後の夜にちょっと歎いても、というか愚痴してもいいだろう。

パーティでの真由喜

昨日先日書いた展示会を主催した生徒さんの展示会が無事に終わったことを祝うパーティに行ってきた。ゆり子と真由喜も一緒に参加したが、私とゆり子が楽しい時間を過ごした。

真由喜も楽しそうだった。まだ人見知りは強くないので、人に笑顔を見せたことは多かったが、私やゆり子を握ることも多かった。最初になぜか床に大変座りたがったので、結局させた。他の人が通ろうとするときに私が真由喜を持ち上げたので、邪魔にならないように気をつけるつもりだった。

パーティではスピーチがあったので、スピーチが終わったら皆が拍手した。真由喜も拍手に参加したが、ちょっと長いスピーチの場合、終わる前にもう拍手をし始めた。比較的に長いスピーチの途中で、三回ぐらい拍手してしまった。だが、テーブルに軽くぶつかったときを除いたら、本当にいい子にした。歩きたがった場合もあったが、暴れたり泣き出したりすることはなかった。

だが、帰り道は別だった。電車のなかで号泣して、二回一旦降りることになった。バスに乗ったら、また泣いてしまったが、降りたとたん寝てしまった。帰りはちょっと遅くなったので、やはり真由喜は眠かったはずだ。だから、三人でいくときにより早く帰った方がいいことを忘れないように気をつける。

壊れた電気

最近キッチンにある電気が不具合になってしまった。完全に光らないではないが、スイッチを入れたら光るかどうかが分からない。だから、電球(実は丸い形の物だが)を交換したほうがいいと思った。月曜日か電気のカバーを開けて、必要な電球の種類を確認した。そして、カバーを戻した。ゆり子が新しい電球を買ってきたので、交換するしか残らない。

だが、もうカバーがなかなか開けられない。回して開けるタイプだから、閉じた時に回し方がちょっとずれたのではないかと思うが、カバーは一切動かないので、電球の交換は無理が。工夫を試したがまだ効果はない。このように続いたら、壊して新しい電気を買うしかないようになる。キッチンには電気はないなら、大変だからだね。

電気のデザインが悪いと思う。私のせいではない。というのは当然だが、本当にデザインが悪いと思う。これほど簡単に使えない状態にできるのは、なんと言ってもよくないだろう。乱暴に閉じたわけはないし、天井に付いた電気だから、頭の上で作業するしかないし、ちゃんと見るのは無理といえるだろう。だから、小さいミスに優しい組み合わせのほうが適切なのではないか。人が間違えたら、勿論間違えた人も悪いが、間違いやすい構えを備えた人も悪いし、構えた人の方が悪い場合も少なくないだろう。執筆するとき、そのようなことを念頭に置かなければならない。読者の多くが勘違いしてしまったら、悪いのは読者ではなく、作家の私だということ。

だが、まだキッチンには光はない。