人生の道

私の母校(ケンブリッジのトリニティーカレッジ)が毎年情報を送ってくれる。トリニティーは、1990年から日本に来る直前の2003年まで密接に関わっていたので、情報は懐かしい。だが、或る程度悔しい。なぜなら、もうトリニティーに住んでいないし、トリニティーの教授になる機会はもうないと言えるからだ。本当に楽しい時期だったし、やはり教授の仕事も大好きだった。

しかし、一方トリニティーに残っていたとしたら、日本に来なかった。要するにゆり子と結婚せず、真由喜が生まれなかった。真由喜の存在をもたらす決断を後悔することはできないので、気持ちが複雑になる。そして、これからトリニティーに戻れるように頑張ろうと思ったら、やはり日本に住むことも大好きだから、イギリスに戻っても悔しい側面がある。

つまりいい経験は多すぎて、贅沢な悩みがある。

人生というのは、限られた存在だから、やりたいことの全てはできない。だから、しないことを選択することは、することを選択することと同じ重大さを持っていると言えるのだろう。だが、しないことを決めたら、やりたいことを放棄する決意になるので、嫌だ。意志を絞って頑張るしかないだろう。

二回目のクリスマス

昨日は真由喜の二回目のクリスマスだった。去年と比べたら、積極的に参加したのは言うまでもないだろう。まだ普段の欧米の子供のようにクリスマスを楽しみにして眠れないことはないし、実は9時まで寝たが、プレゼントを楽しそうに開けて、遊んだ。特に私の母とレーからの『いないいないばぁ〜』のDVDは大ヒットだったようだ。見たり躍ったりしたし、寝る時間になったら泣いたので、クリスマスは楽しすぎただろう。

私たちも欧米の伝統的なクリスマスディナーを食べた。やはりターキーを焼くのは難しい。まず、二日間前に冷凍庫から冷蔵庫に移したのに、なかなか解凍していなかった。常温で置きっぱなしにして、午後2時までに解凍したが、それは食事が4時以降になることだった。そして、できたと思ったが、ちゃんと切り分けたらまだだったので、オーブンに戻すしかなかった。幸い、野菜とジャガイモは成功だったし、焼き直したらターキーも美味しくなった。来年のためこのことを覚えておくと思う。解凍は21日からだなど。そして、真由喜が大きくなる次第、真由喜が楽しむことにより努力する必要があるだろう。クリスマスは、欧米で家族の祭日だが、親が子供のために努める場合も多い。

とにかく、楽しかった。お正月も楽しみ。

年賀状

毎年「今年こそ、年賀状を事前に用意する』と。

毎年、ぎりぎりまでやっている。

今年も例外ではない。年賀状の印刷は五分前に終わった。これから宛先の上書を書くことだ。そして、郵便局に行って、出す。海外への年賀状が間に合うかどうか分からないが、少なくとも国内の数通が郵便局の締め切りに間に合いそうだ。

私の作る年賀状には柄が二つある。一つは、家族三人の写真は基本だ。その江さんが撮ってくれた写真を使ったので、奇麗だと思う。それは、私たちを個人的に知っている人のためだ。もう一つは、今年の一月に撮った雪に覆われた白幡さんの狛犬だ。それは、仕事関係の海外の方のためだ。だから、ちょっと日本っぽいイメージがいいと思った。勝手に氏神様の写真を使わせてもらったけれども。

迷うのは、生徒さんに送るかどうかという問題だ。異本方針は送らないことだが、それは生徒さんの住所が分からないからだ。だが、送ることにしたら、平等に送らないわけにはいかないので、皆様に住所を尋ねる必要がある。今年も送らないことになるが、来年どうしよう。