奥歯

昨日真由喜を逆さまにする遊びの途中、逆さまになった真由喜が口を開けて笑ったが、左上の歯茎に白い何かを見た。遊びを繰り返して、確認できた。奥歯だった。まだ完全に生えていないが、歯茎から出てきた。なるほどと思った。舞う気の最近のぐずりは、歯が生えるからだよね。成長が続くよね。

そういえば、私と真由喜がよくある遊びは、真由喜が跪いた私の足の間にはいはいすることだ。なぜか真由喜には大変楽しいようだが、先日初めてバックした。私の後ろから前向きに来たが、後ろに向かうときに、お尻を先にして、逆行した。体の操りがどんどん上手になったような気がする。

ところで、昨日よく寝た。不思議なことに、昨日の昼間に全く眠くなかったので、昼寝しなかった。むしろ、仕事が沢山できた。だが、早めにベッドに入って、すぐに寝て、目覚ましが鳴るまで眠れた。途中真由喜に蹴られたが。昨日は何だったのだろう。

眠れなくて

昨日なぜか眠れなかった。いつもの通り十時ぐらいにベッドで横になった(はい、比較的に早いが、仕方がない)が、眠れずに一時間後また起きた。ネットや本を読んだり、眠気を待ったが、湧いてこなかった。結局ベッドに戻ったが、また眠れなかった。寝たのは、三時が過ぎただろう。そして、今朝いつもの通り六時半に起きてしまった。今疲れたのは言うまでもないだろう。眠くないけれども。幸い今日昼間の授業はないので、ちょっと昼寝できるかもしれない。

真由喜はいつもの通りだったような気がするので、真由喜のせいではないと思う。今ゆり子によると、ゆり子のせいだそうだ。ゆり子は睡眠泥棒って。(ゆり子が大変よく眠ったそうだから、環境の問題もなかったようだ。)謎のままになるだろう。病気の標ではないといいね。

定額給付金

昨日溝の口で生徒さんとの待ち合わせがあったので、歩いて行った。歩きながら読売のポッドキャストを聞いたが、もう二週間前の分だった。最近渋谷での授業はないので、聞く機会が少なくなってしまった。機会が作りたいと思うのだが、どうやってするか分からない。

とにかく、聞いたポッドキャストの中で国会の税制会議(のような呼称だった)が定額給付金の政策を強く批判したというニュースがあった。(ところで、昨日フォーサイトで定額給付金に触れる記事を読むまで、低額給付金だと思った。金額に合う呼び名だし、発音も同じだし。聞くだけのはちょっとヤバいね。)実は、私もそう思う。一人当たり2万円ぐらいをバラマキしても、経済に刺激を与えるわけはない。2万円で何ができるのか。外食はできるが、旅行はできない。欲しかった家電も買えないだろう。最近の不況で、生活費を慎重に支える人は少なくないのが推測できる。より悪化することを推測して、貯金に入れる人も多いだろう。

確かに他の提案(例えば、民主党の学校の耐震工事を勧める提案など)は、私には何も利益はないが、より効果的に見える。建設の作業員の雇用を保証して、地域の経済を支えるように見えるからだ。もう二週間前のポッドキャストだったので、もう決まっていると思うが、できれば効果をはらむ政策をとってほしいと願う。

立場と共感

社会には様々な問題があるが、取り組むと自分の立場から取り組むしかない。別な立場から取り組むために別な人になる必要があるからだ。だが、自分の利益しか考えるわけにはいかないと殆どの人が思うようだ。立場を広げるために、共感を使うのはよく使われた方法だし、いい方法だと私も思う。別な人の感情を想像して、別な人の状況に自分を仮に置いて、自分の欲望を推測するなどの過程で考えなかった点が浮き彫りになる場合は少なくない。

だが、共感には限界があるし、偏りもある。それは、自分に似ている人の状況は想像しやすいことから発生する現象だ。例えば、税制について論じたら、お金持ちの人が自分のお金を剥奪されることを直ぐに推測できるし、他の豊富の人の問題に共感できるが、一方貧困の人が貧困の人の問題を直ぐに想像して、富者には問題があることさえ想像できない場合もある。だから、富者は税金を抑えてほしいが、貧困の人は富者に課する税金を増やしてほしい。そして、レイプの問題について考えたら、女性が直ぐにレイプされる可能性を推測するが、男性はレイプすることではなく、無罪なのに女性にレイプで訴えられることを想像してしまう。だから、女性は犯人を直ぐに刑務所に行かせるような法律が欲しいが、男性は容疑者の人権を守って、ちゃんと有罪か無罪か判断する制度が欲しい。

だから、決断する権利を持つ人が一つのグループから選ばれたら、問題になりがちだ。これは、政府には少数の人が代表される必要の理由だ。実は、少数だけではなく、女性が代表される必要もここにある。これはまだ世界中問題だ。

確かに、自分と大きく違う人の立場を想像するのは無理ではない。そして、そうしようとする人もいる。特に社会問題と取り組む時幅広い人の反応を推測する人は少なくないと言えるだろう。私も幅広く考えるつもりだ。しかし、如何に想像しようとしても、難しいことだ。或る立場をすっかり忘れたり、想像するが間違えたりすることは少なくない。だから、実にそのような立場にいる人と相談する必要がある。

相談するというのは、そのような人が欲しいままにすると等しくない。客観的に考えたら、これは当たり前だろう。他のグループの立場も考えるので、結論は一つのグループの希望の通りになる場合は極めて少ないはずだ。或るグループの意見に正反対する場合もある。社会の中に同時に守れない希望があるからだ。だが、意見を無視するのは許すべきではない。考えてから決めるべきだ。

もう一つの例が挙げたい。入国法は、国民だけではなく、入国したい外国人とも深く関わっている。だから、この方針を施行するために、外国人とも相談して、法律を決めるべきだと言える。そうする国はこの世にないと思う。