真由喜との一日

普通の月曜日のように、昨日ゆり子が着物教室に通ったので、真由喜と二人で過ごした。先週、天気が悪くて、私も真由喜も風邪で病気だったので、楽しくなかったが、今週は極端的に違った。天気はよかったので、まずシャワーを浴びた。やはりゆり子はいない場合、浴びるのは難しい。普通は、私がシャワーを浴びたら、ゆり子が真由喜を持ってくるし、真由喜のシャワーを浴びてから運びにくるので、洗うだけだ。真由喜がいるうちに自分を洗うとか、二人を同時に拭くなどは大変だよね。毎日しないと行けない親は偉いなと思う。

そして、お出かけだった。まず白幡さんまで歩いて、お参りした。そして、帰り道の途中でスーパーでの買い物。それから、公園へ出発!真由喜をベビーカーに載せたが、途中で寝てしまった。だから、折角公園に着いた時、真由喜はぐっすりだった。それでも、遊具がある広場に向かった。他の子供達が元気そうに遊んでいたし、真由喜が笑い声で起きた。滑り台とブランコでちょっと遊んでから、散歩に行きたくなった。だから、公園でしたことの大半は、帰ることだった。だが、真由喜が散歩したので、公園を渡るのに一時間以上がかかった。真由喜が二回三回転んでしまったが、すぐに泣き止んだ。重大な経験だよね。ただ、池の隣にある低い塀に座ろうと真由喜がしたときに、ちょっとヒラヒラした。池に落ちる経験はなくてもいいと思う。途中でベンチに座って、ミルクを飲ませたし、公園を出る前に真由喜がベビーカーに戻って、おとなしく帰り道の風景を観察した。

家で私がお昼を食べた。もう二時半だったので、お腹が空いていた。にもかかわらず真由喜が私の食べ物をほしがったので、一緒に食べた。食べてから、遊びだった。絵本を一緒に読んだり、体遊びをしたり二時間を過ごした。そして、真由喜が眠くなったので、抱いて寝かした。

やはり、寝かける真由喜を抱くときの気持ちは最高だ。いつもより愛情をはっきり感じるし、真由喜が気持ち良さそうに私の肩に頭を置いて寝るので、真由喜も安心なのようだ。

そして、ゆり子が帰るまで二時間寝た。だが、夜にも直ぐに寝て、まだ寝ていると思う。やはり遊びで疲れてきたね。真由喜もいい一日だと思ってくれたのだろう。

執筆の景気後退対策。

私の執筆の仕事が海外、主にアメリカ、から収入を集める。だから、外貨為替は仕事の中心にある。最近の傾向は円高だと言う必要かないだろう。だが、その結果私の執筆からの収入には25%カットがあった。やはり厳しい。だから今タマオというインターネット小説と挑戦している。つまり、今アメリカなどからお金を集めても、円の量は少ないので、最初にあまり収入はないプロジェクトを始めることにぴったりだ。

その上、世界中の不況もいい背景だと言えるだろう。どうしてかというと、最初に人はあまりお金を出さないはずだからだ。不況でもバッブル経済でも同じだ。まだ興味を持っている人は少ないし、興味を持っている人もまだお金を出すほど興味を持たない。だが、読むのは無料だから、余るお金はあまりない不況の中に生きている人々には魅力的なのではないかと思える。そう考えたら、不況の間に読者を集めて、景気が復活するときにお金が集められるのだろう。確かに失敗に終わる可能性がある。計画を興したら、いつもそのような恐れがある。しかし、タイミングはいいだろう。

だが、イギリスのポンドは非常に安くなった。一年前と比べたら半額になってしまった。幸い、今のところ日本からイギリスへ送金する場合は圧倒的に多いが、ちょっと恐ろしい。母が日本に来られなくなるのだろうと思うぐらい。全面的に今の景気を見たら、恐ろしい時期だよね。

「いただきます」と「ごちそうさま」

食事のとき、真由喜が「いただきます」も「ごちそうさま」もするようになった。言葉をちゃんと出すことは未だでいないが、手を合わせて最初の音を出す。可愛い姿なのは言うまでもないが、外食のときにしたら周りの人から反応がある場合もある。

「いただきます」の意味も分かるようだ。座らせたら、食べ物を求めるが、食べる前に一緒に「いただきます」する。

一方、「ごちそうさま」は別だ。最後の方に「ごー」と言って、手を合わせることはあるが、言ってから食べ物が近づくとまた食べる場合は多い。そして、チェアから下ろしてもらって、私の膝の上に座りたがって、私の食事を食べようとする場合も多い。食事の節目でいう表現だということが分かるようだが、最後に言うことはまだ分かっていないようだ。だが、まだ一歳四ヶ月だから、時間がある。

言語と考え

先日生徒さんが「授業で英語で話すが、後で思い出したら日本語で思い出す。大丈夫のでしょうか。」と尋ねた。私にも同じ経験がある。日本語で何かを聞いて、後で英語で思い出す、それとも逆に英語で聞いて後で日本語で思い出す。私が何語で言ったか覚えられない場合もある。バイリンガルの人なら、このような経験は少なくないだろう。

興味深い点は、思い出の形を明らかにすることだ。要するに、思い出は、言語の形ではないと言える。思い出も言語だったら、思い出したら必ず同じ言語で出てくるはずだ。だが、私の場合、同じ思い出でも時々英語で、時々日本語で思い出す。思い出の形は何かが分からないが、博士論文の考察で示唆があると思う。ここで説明するのは難しくて時間がかかるので、詳細を述べないが、模型のような形で覚えると思う。そして、また考えたくなったら、言語に移して、脳の表舞台に出して考えるのではないか。実は考察は単純に言語で行われるかどうかも疑わしいと思うが、少なくとも言語の役割は重大だと言えるのは間違いない。

しかしそうなら、言語の影響は或る程度限られている。言葉がなくても概念が持てるからだ。言えないのは当たり前だが、他の言葉を使って辛うじて伝えられる場合もあると思う。そして、言葉を当てて、後のコミュニケーションを楽にすることもできるはずだ。だから、考え方は言語に縛られたのではなく、影響を受けるということだ。言いたいことに近い言葉があったら、ついその言葉を使うが、言いたいことがちょっと変わる場合もある。一方、言いたいことは言葉から遠かったら、無理矢理言葉を受け入れることはないだろう。

言葉は、人間の道具だとまだ言えるのではないか。