鏡の謎

ほぼ生まれた瞬間から赤ちゃんが鏡に興味を示す。真由喜もそうだった。最初は、もう一人の赤ちゃんがいると思い込むそうだが、それも楽しいようだ。だが、ある時鏡に映っているのは自分だということに醒めるそうだ。真由喜がいつも鏡と楽しく遊ぶが、今まで自分が見えるのが分かるかどうか分からなかった。

昨日疑いが解消された。ゆり子が真由喜の髪の毛を結って、可愛い二本にしたが、真由喜が不信を示して、取ろうとした。「なにこれ」との顔だったそうだ。そして、自発的に電池レンジの前へ行って、レンジのドアにある映像で自分の頭の状態を確認した。そして、可愛い姿をみて、満足になったという。私が来た時、髪の毛に手を出さずに気持ち良さそうに遊んでいた。

明らかになったのは、昨日醒めなかったことだ。自発的にいくために、もう映す場面を見たら自分の顔が見えることが分かるのは条件だからだ。いつから分かったかなと思うが、また成長の証拠だ。

大神神社

大神神社についての本を読んだ。日本最古の神社だそうだし、特徴は多いようだ。例えば、本殿はないが、いわゆる三ッ鳥居の向こうに禁足地がある。禁足地に入るのは、宮司と神職に限られて、一年に一回だそうだ。明治以前、三輪山全体は禁足地だったそうだ。なぜなら、ご神体は山だからだ。本殿はない理由がすぐ分かるような気がする。山を入れられる本殿を築くのは無理だからだよね。だが、最近指定された道に従えば、山頂まで参拝できるそうだ。少なくとも一度参拝してみたいと思う。

大神神社の場所で1600年以上前からずっと宗教的な活動が続いて来た証拠は確定だそうだ。出土品は多いし、儀式用の模型の物も高い割合をしめるそうだ。そして、山の隣にある箸墓の古墳は、たしか日本の最古の前方後円古墳だと言われる。歴史は極めて長いのは疑えない。興味深いことは、現在の神道との繫がりだ。連綿的に現在まで続いて来たが、変貌は多かった。特に神仏分離の時に三輪流神道が大きく変わったようだ。神仏習合の味は強かったが、完全に払拭された。それと同じく、仏教の導入の変貌もあったはずだ。仏教の渡来の前から三輪山での宗教施設があったのは明らかだから、仏教の色彩はなかったと言える。要するに、少なくとも二つの大転換があったと言える。その上、鎌倉時代にも変貌があった可能性は高いし、三輪流神道の歴史は、七世紀まで遡らないようだ。

このように、大神神社が神道の歴史を結晶すると言えるのではないか。連綿な歴史があるものの、変貌は多くて重大だから、「元々の神道」などを発掘するのは極めて難しい。

一方、現在の祭りの描写を読んだら、今も変わりつつあることが分かる。安全のために火祭りの形が変わったし、三十年以内新しく鎮座された神社もある。それに、比較的に最近に再興された祭りも少なくない。と言っても、大神神社の崇敬者はまだ多いようだし、積極的に参拝する人も途絶えない。だから、変化を否定する必要はないと私が思う。時代に合わせて伝統を汲みながら信仰を練るのはいいことなのではないか。そうしないと、現代に合わない宗教が問題を起こすばかりだと思う。

だから、由緒がある神社の歴史を検討するのはいいが、歴史はこうではないと現在の神社には意味はないとは言えないと述べたいのだ。歴史から刺激を受けたら、歴史の役割が果たされると言えよう。

また疲労

昨日昼間に三時間寝てしまった。頭痛が生じて、仕方がなかった。だが、やはり仕事に支障になったね。執筆はなかなかできなかった。原因は、連続的な寝不足だったのは明らかだ。火曜日にもあまり仕事ができなかった。それは、もう疲れていたし、真由喜の面倒を見ることは多かったからだった。だから、今週の仕事の水準に達することはできないだろう。このようなこともあるので、仕方がないが、悔しい。時間は本当に一番限られている資源だと痛感する。

この状況になったら、いつも生活の形を見直そうと思うが、見直しても簡単に変えられるところはないようだ。稼ぐのは必要だし、ゆり子と真由喜と時間を過ごすのも必要だし、それに将来の活躍のための準備も怠るわけにはいかないので、やることは多い。巧みに事案に入れても或る程度時間がかかるのは避けられない現実だ。だから、我慢するしかないだろう。

では、今日の仕事に入った方がいいので、ここまで。

歌好き

最近真由喜が明らかに歌好きになった。DVDを見たら、躍ったり歌おうとしたりする。まだ完全に音楽と合わせて歌詞を歌うことはできないが、適切な音を適切なときに出すことはできる。そして、DVDではなくても、私かゆり子が歌って上げたら、一緒に歌うことにのりのりだ。踊りも素晴らしい。体を動かすだけではなく、リズムに合わせて、DVDでの踊りを一応真似することも殆どだ。伊豆大島でも、見ていた踊りと一緒に躍ろうことはあった。

舞踊教室に通わせるのはまだ早いが、将来にそうするかなと思うようになった。したら、日本舞踊がいいかなという気持ちだ。だが、真由喜を体験させて、真由喜が好きになる種類に通わせたほうがいいね。子供の教育は難しいのをもう実感する。一方、強制的にさせるのはよくない。他方、子供の自己管理が足りないので、親が指導しないと、教育が足りない恐れがある。バランスを取るのは必要だが、どのようにバランスしたらいいかというと、分かりづらい。少なくとも、今の年齢で遊びの形でさせたほうがいいのは明らかだ。