大神神社

大神神社についての本を読んだ。日本最古の神社だそうだし、特徴は多いようだ。例えば、本殿はないが、いわゆる三ッ鳥居の向こうに禁足地がある。禁足地に入るのは、宮司と神職に限られて、一年に一回だそうだ。明治以前、三輪山全体は禁足地だったそうだ。なぜなら、ご神体は山だからだ。本殿はない理由がすぐ分かるような気がする。山を入れられる本殿を築くのは無理だからだよね。だが、最近指定された道に従えば、山頂まで参拝できるそうだ。少なくとも一度参拝してみたいと思う。

大神神社の場所で1600年以上前からずっと宗教的な活動が続いて来た証拠は確定だそうだ。出土品は多いし、儀式用の模型の物も高い割合をしめるそうだ。そして、山の隣にある箸墓の古墳は、たしか日本の最古の前方後円古墳だと言われる。歴史は極めて長いのは疑えない。興味深いことは、現在の神道との繫がりだ。連綿的に現在まで続いて来たが、変貌は多かった。特に神仏分離の時に三輪流神道が大きく変わったようだ。神仏習合の味は強かったが、完全に払拭された。それと同じく、仏教の導入の変貌もあったはずだ。仏教の渡来の前から三輪山での宗教施設があったのは明らかだから、仏教の色彩はなかったと言える。要するに、少なくとも二つの大転換があったと言える。その上、鎌倉時代にも変貌があった可能性は高いし、三輪流神道の歴史は、七世紀まで遡らないようだ。

このように、大神神社が神道の歴史を結晶すると言えるのではないか。連綿な歴史があるものの、変貌は多くて重大だから、「元々の神道」などを発掘するのは極めて難しい。

一方、現在の祭りの描写を読んだら、今も変わりつつあることが分かる。安全のために火祭りの形が変わったし、三十年以内新しく鎮座された神社もある。それに、比較的に最近に再興された祭りも少なくない。と言っても、大神神社の崇敬者はまだ多いようだし、積極的に参拝する人も途絶えない。だから、変化を否定する必要はないと私が思う。時代に合わせて伝統を汲みながら信仰を練るのはいいことなのではないか。そうしないと、現代に合わない宗教が問題を起こすばかりだと思う。

だから、由緒がある神社の歴史を検討するのはいいが、歴史はこうではないと現在の神社には意味はないとは言えないと述べたいのだ。歴史から刺激を受けたら、歴史の役割が果たされると言えよう。