祝詞作文法

これも神社本庁が出版した神職向けの本だ。祝詞の作文を説明する本で、文体などを説明したり練習する方法を進めたりする。読んだら、勉強したくなる。なぜかというと、二つの理由があると思う。一つは、私は作家である形態で書きたくなるのは早いからだ。短歌なども同じだ。見つけたら、すぐさま書きたくなると言える。もう一つは、祝詞の言語は日本の古語だから、日本人でも勉強する必要があるし、子供の頃から親しんだ人は少ないはずだからだ。要するに私は外国人であっても、勉強したら日本人並みに作成できるようになれると推測できるということだ。普通の現代語での作文は、頑張っても日本人並みになるのには、数十年がかかると言える。今の状況はもう九年間の勉強の実りだが、ネイティブからまだほど遠い。

とは言っても、今集中的に勉強する余裕はないので、軽く勉強したり、背景を整えることにすると思う。

ところで、本の中で歴史的な仮名遣いを昂揚する章がある。その理由は、日本語の歴史を尊重するために歴史的な仮名遣いを使うべきだという理由だ。しかし、付録で万葉仮名は紹介されるが、甲と乙にこだわらなくてもいいと書いてある。矛盾になるのではないか。日本語の歴史を尊重するつもりなら、甲と乙もにもこだわったほうがいいのではないか。「を」と「お」などの違いは、もう元禄時代までに発音で区別されなかったようだ。証拠は、元禄五年(西暦1692)に出版された女重宝記という本の中で、綴りの説明があるが、どちらをどこで使うかも説明される。発音ははっきり区別されたら、必要はない。「た」と「か」の区別する説明はないだろう。だから、歴史的な仮名遣いが保つ発音の違いは、少なくとも三百年前までになくなったと言える。それほど前のことにこだわったら、万葉の時代の違いにもこだわるべきなのではないか。

違いは、歴史的な仮名遣いは戦前まで使われたので、覚えられる人はまだいることのみだ。深い意味などはもうないと言える。ただ、歴史的な書き方は祝詞に相応しいと確かに言えるし、万葉仮名を使うことにしたら歴史的な仮名遣いも使ってもいいが、甲と乙の区別が分かるために大変な努力が必要になるので、それを止めてもいいとも言える。ただ、これは単純に便宜の上のことだ。便宜を考えたら、現代語で祝詞を書いた方が容易だ。それを避けたほうがいいと私も思うが、深い意味があるとは思えない。


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