無理な目標か

最近私の今年の目標を無理にしたかなと思うようになった。まだ読書が目標に達していないし、平日に仕事ばかりだ。くつろぐ時間はないと等しいとも言える。週末にも家族と一緒の時間だから、一人で休む機会は殆どない。ストレスがちょっとたまる状況だ。

一方どうやって改善したらいいか分からない。稼ぐための仕事は必要だし、稼ぐ仕事の基盤を敷く仕事も必要だし、それに家族と一緒に時間を過ごすのは必要不可欠だ。その上、嫌な仕事は一切ない。これは運がいい証拠だよね。贅沢な悩みだと言われたら否めない。贅沢だと言っても、まだ悩みだけれども。読書などに与える時間を削ったらいいかもしれない。

やはり人生の監理は難しいね。

定額給付金

昨日いよいよ定額給付金の申込書が届いた。川崎市の人口は140万人で多くて、手続きには時間がかかったそうだ。申請するのは勿論のことだ。景気対策として効果があるかどうかは疑うが、私たちの家計に役立つのは間違いない。

面白いことに、申込書が二つ届いた。普段は世帯毎にするようだが、家の世帯には外国人がいるので別だ。金額は同じだが、申込書が違う。すなわち依頼された身分証明書は、外国人の場合、外国人登録証明書に限られている。それは当たり前だろう。受ける資格は、合法で日本に長期滞在することだから、受けられる人は外国人登録証明書を持っているのは決まっている。

だが、ニュースでDVを受けた女性が加害者の夫と別に申請したいと申し出したそうだが、できるかどうかは疑わしいという。まだ夫婦であれば、一緒に扱うしかないという言い訳だそうだ。(そして、女性が住民票を変更すれば、夫に現住が分かるので恐ろしいという。)一方、私たちの場合、日本人と外国人の夫婦の場合を見れば、やはり日本の行政が夫婦を別々に扱える。名字を別々にしてもいいし。社会がまだ崩れなかったので、日本人同士の夫婦にも同じような選択肢を与えてもいいのではないか。逆に、外国人の親の子供との関係は法律上薄く認められているそうだ。戸籍には外国人の親の名前は、親の欄ではなく、備考の欄に洗われるからだそうだ。だから、平等に外国人の日本人の夫婦にも日本人同士の夫婦と同じ選択肢を与えたらいいのではないかと思わざるを得ない。

制度は、生活や家庭には問題はない限り円滑に進むが、日本人同士の場合でも、外国人が交じっている場合でも、問題が発生したり、状況が珍しくなったりすれば、制度が対応できなくなるケースは少なくないようだ。国民を縛るために作った制度はもはやなくなったので、改善したほうがいいのではないだろうか。

謎と進歩

今日二つの書きたいことがあるが、関係はあまりない。

まず、謎だ。今週生徒さんの数人が必要以上のお金をうっかり渡した。札を間違えたりすることは原因なのようだが、前にはなかった現象がなぜ今週多発したかはわからない。だれかからのメッセージのだろう。「収入が上がったらいいよ」と。そうならば、もう分かっているよと言いたくなる。勿論、当該の生徒さんに知らせたが、本当に不思議だ。

そして、真由喜の話だ。昨日保育園に通ったが、ゆり子によると着いたら真由喜が積極的に保育室に入って、もういる友達や先生にてを振ったそうだ。そして、昼間に「先生!先生!」と言ったそうだし、帰る時間にも泣かなかったという。保育園にある程度なれて来たようだね。よかった。